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この夏は地元に帰る

作者: 夢暮 求

暑い夏、溶けてしまいそうなくらいな暑い夏。


またね、ってあなたは言った。


その綺麗に真っ直ぐ伸びた手をこっちにブンブンと力強く手を振って。


その瞳は潤んでいて、とても別れを惜しんでいることが表情だけで受け取れて、


別れたくない気持ちが強くって、


私はどうしてもその「またね」に対して返事をすることができなかった。


だから私は「さよなら」と言った。多分、もう二度と会えないと思ったから。


でも、もしかするとまたどこかで会えるかもって気持ちはどこかにあった。だって私たちはずっと一緒だったから。


いつも一緒、どこに行くのだって一緒。手を繋いで、笑い合っていた。


喧嘩もした。言葉の刃で刺し合った。口も利かない期間は一ヶ月くらいあった。でも、私たちはどちらからというわけではなく自然といつもの学校の教室で、誰もいなくなった放課後の教室で「ごめんなさい」と謝った。


ほら、中学の体育のこと憶えてる? 準備運動しながらふざけ合ってグラウンドに仰向けで寝転がったじゃん。髪の毛が砂で汚れてさ、あとでああだこうだと言い合ったときのことなんだけどさ。あのとき、ビックリするくらい空が青くて、雲も一つもなくってさ。なんか視界全部が真っ青な空になった途端、そこに吸い込まれるみたいな――重力を無視して落ちていくんじゃないかって怖くなったよね。怖がっていることに気付いてあなたは私の手を取ってくれたよね。なにこんなことで怖がってんの? って茶化してくれたよね。

私さ、まだ空を見るのがちょっと怖いんだよね。ビルを見上げると怖くて慌てて視線下げちゃうくらいには。そのたびにあなたが手を取ってくれたときのことを思い出してさ、恐怖を紛らわせることができていたんだよ。


また、手を繋いでほしいな。手を、繋ぎたいなって思ってる。


でも、高校に上がってからは別に良いことばかりをしてきたわけじゃなかったよね。なんかお互いに校則違反を繰り返して一緒に先生に怒られたり、一緒にお互いの両親に叱られたりもした。制服を汚してしまったみたいな些細なことから授業中に抜け出したり、休み時間過ぎてからも教室に戻らなかったりさ。それはもう沢山あった。今でも思い出すけれど、あれは絶対に私たちが悪かったよね。でもあの頃の私たちは理不尽だと思って、親と喧嘩して、家出して、警察のお世話になってさ。


なんかもう世界全部が敵、みたいな。もうどうでもいいやって思ってしまうくらいの一日もあったよね。


思えばあれが反抗期だった。反抗期だったけどさ、二人で一緒にいるときは全然寂しくもなかったし、怖くもなかった。無敵だったよね、私たち。


でも、そんな反発的な気持ちの裏側で私たちは夢を描いていた。お互い、違う夢だけどさ。将来は何々になりたいんだよね、みたいな。冗談交じりに言いながら実はガチで本気みたいな。だからそれを聞いて私もあなたも馬鹿にしないで、どうすればその仕事に就けるのかって一生懸命調べたじゃん? すると次第に勉強に前向きになれたよね。品行方正とは程遠いけど、先生も私たちがちょっとは落ち着いてホッとしていたし、私のお母さんなんか夜寝る前に私が犯罪に巻き込まれないまま大人しくなってくれたって呟いて仏壇の前で泣いてたくらいだったな。


まぁ、とにかくずっと一緒だったのにさすがに大学は別々になっちゃったね。夢の方向が違ったから仕方がないんだけどさ、ちょっと寂しさもあったよね。私には数学も化学も分かんなかったけど、あなたはそれがとっても得意だったから、私は文系であなたは理系。あなたは「理系の方が就職に有利だよ」といつも誘ってくれたけど、どれだけ数式と睨めっこしてもあなたみたいに仲良くなれそうにはなかったから。


お互いに勉強の形は違ったけど、受験勉強で互いの苦手な部分を教え合ったよね。理系と文系でも英語は共通だったから、一緒に学ぶ時間が多くて苦しくても楽しかったことを今でも覚えてる。

あの時間が、今もずっと私の集中を保たせる原動力。集中力が落ちてきたらふと思い出して、あなたに負けちゃう気がして、負けるもんかってなったの。


だから、

だからさ。


私ね、あなたとはずっと一緒なんだと思ってた。

死ぬまで一緒なんだと思ってた。

このまま進む道は違うけど、なんだかんだで腐れ縁が続いてさ、互いに成長して、互いに成人して、恋人が出来て、結婚して、子供が出来て、それからはずっとずっと大変な毎日で。

それでも私たちはずっと傍にいて、紅茶を飲みながら家庭の愚痴を言い合ってさ、頑張って生きていこうって言って。

お婆ちゃんになっても、ずっとずっと私たちは変わらない友情で、絆で結ばれているんだろうなって思ってた。


でもそのときに思い描いていた未来よりも私たちは現実を生きなきゃならなかった。


私たち、一緒に地元を離れることになったよね。そうなっちゃうと地元に帰るタイミングもズレてきちゃうし生活サイクルも変わってきてしまってさ、どれだけ連絡を取っていても会うのはとっても難しくなっちゃった。大学で友達ができたりサークルに入ったら尚更、学業というか大学生生活に雁字搦めになっちゃうよね。バイトも始めちゃったら地元に帰ることなんて年に数回あるかないかになっちゃう。


それでも私たちは連絡をして、無理やりにでも会うことがあったよね。でもなんか思いっ切り楽しむことができなかった。スケジュールに押されてさ、心の底から楽しめたのなんて片手の指で数えられるくらいなんじゃないかな。


だから、私は「さよなら」って言った。あなたの「またね」をないがしろにした。それがずっと尾を引いて、私はあなたから連絡が来てもテキトーな理由を付けて会わなくなっちゃった。お盆の日にはお母さんからいつも「昔、よく遊んだあの子が心配していたわよ」と言われたけど、ふーんって感じで聞き流してた。


連絡は自然消滅して、私は大学に馴染むに連れて地元のことなんてあまり頭で考えなくなって。遊んだ分だけ学業が私を追い詰めてきて、一時は留年の危機もあったりしたけれどなんとかそれも乗り越えて、やっとやっと就活も一区切りして卒業までの道筋が見えてきたんだよ。充実した人生とは程遠いけど、親に心配かけた分、まぁどうにかこうにかみたいな。


見えてきたんだよ?


なのに、

なのにさぁ。


なんであなたはいなくなっちゃってるの?


あなたはどこにもいなくなっているの?


なんで、

なんで、

なんで、

教えてくれなかったの? 助けてって言ってくれなかったの?


いや、分かってるよ。私が悪いってことぐらい。あなたと連絡を取らなくなった私が悪いってことぐらい!


私があなたのことを大切していれば、きっとこうはならなかった。あなたから連絡が来なくなったことを心配して電話の一つでも掛ければ良かったってことぐらい!


私はあなたに助けてもらってばかりだったのに、私はちっともあなたの助けになることができなかった。あなたの言葉が、あなたの声が、あなたの笑顔が、あなたの強さが、あなたの手の温かさが、全部全部全部、私にとっての勇気になっていたのに!

私は……あなたのなにかになっていたかな? なににも、なっていなかったのかな? 多分、そうなんだよね……? 私があなたの助けになれていたら、こんなことにはなっていないもん。

与えられてばかりで、与えることができなかった。ううん、違う。与えようとしなかったんだ。あなたは強いから。あなたは私の助けなんていらないくらい強いからって、勝手に決めてた。私もあなたも同じ人間で、同じぐらい傷付いて、同じぐらい泣いて、同じぐらい悩むんだって知っていたのに、間近で見ていたのに、あなたの強さが眩しかったから見えないフリをしちゃった。


一緒だったのに。

ずっと一緒だったのに。

あなただけが私の世界にいないの。

あなたは私の想い出の中にはいるのに、もう未来のどこにもあなたとの想い出を築ける人生がない。


泣いてたよ? お父さんもお母さんも泣いてたよ? なんでこんなことになったの、って悲しんでたよ?


私も泣いたよ? 一杯泣いたよ? 沢山泣いたよ? 死ぬほど謝ったよ?

ねぇ、

私たち、喧嘩しても謝って仲直りしたじゃん。

だから、

だからさぁ、


出てきてよ。


私と話してよ。御免なさいって言わせてよ。抱き締めさせてよ。

あなたの胸の中で泣きたいよ。全部全部、私のせいだって言って、あなたが「そんなことないよ」って言ってほしい。いいえ、そんな願望めいた言葉を言わなく立っていい。どれだけ呪いの言葉を浴びせられたって構わない。許してくれなくたっていい。


生きていてくれればそれだけでいいから!


初めて会ったときの無邪気な笑顔も、握った小さな手の感触も、あなたと喜びを分かち合ったその熱も、


あなたと夢を語り合ったときの、あの照れ臭いような表情も、夢が叶ったそのときにはまた二人でどこかに出かけて、大人になった証明としてお酒を飲んで一杯喋ろうって約束したあの日も!


全部全部、想い出の中にしかない。こんなこと今まで一度だってなかったのに!


帰ってきてよ! 帰ってきてほしいよ! 夢ならずっと覚めてって思ってるよ!


でも、現実って残酷だよね。

とても残酷。しかもこれで生きていけって言ってるんだよ? 滅茶苦茶だよね、現実って。


あなたと話した日々。くだらない毎日も、つまんないとか言って学校を抜け出したりずる休みをしたその日々もなにもかもが、悪いことなのに懐かしくて、懐かしいのに思い出すたびに苦しくて、気付いたら涙が止まらなくなる。


……夏だよ? あなたの大好きな夏なんだよ?

花火の季節だよ? 好きだったよね、花火。手持ち花火も、花火大会も。

最近はどこもかしこも制限されていて楽しむのにも一苦労だけどさ。


あの暑い夏よりもずっと暑い夏。あなたと私の両親と一緒に行った花火大会のときはこんなに暑くはなかったよね。どうして屋台の焼きそばってあんなに美味しいのかな。どうして外で食べる甘い物は家の中で食べるときよりずっと甘いのかな。


あと、お盆休みが来るよ。


私さ、お盆なんてずっと家で過ごすだけでなんにもしない日だと思ってたんだ。お祖母ちゃんもお祖父ちゃんも私が物心付いた頃には死んじゃっていて、お墓参りに行ってもなんにも思うことがなかったから。親不孝だけどいつも家にいた。あなたは家族と一緒に実家に帰省していたよね。うん、知ってるよ、それくらい。だって連絡を取り合っていたんだから、知らないわけないじゃん。

だからこっちに帰ってきたとき、いつもぐうたらしている私の家にあなたが遊びに来るのが毎年の恒例だったよね。


お盆休み、あなたは帰ってくるよね? 帰ってきてくれるかな? 分かんないけど、帰って来てほしいな。

話せなくたっていい。あなたの笑顔が見えなくたっていい。ただ、あなたが帰ってきて私の傍にいるんだって思いたいだけ。自己満足なのは分かってるよ? でもそれしか私にはあなたを感じることができないから。


……あの頃のままでいられたら、私たちはずっと一緒にいられたのかな。私が一抜けしたから、こうなったのかな?


分かんないよ。


分かんない。


あんなに沢山言葉を交わして、あんなに沢山喧嘩して、あんなに沢山想い出を作ったのに。


あなたのこと、どうしてか分かんなくなってる。簡単なことのはずなのに、分かんないよ。思うことでしか、想像でしかあなたを補完することができないの。

会えたなら、

もう一度会えたなら、きっと全て解決するはずだし、こんな悩みはどこかに放り投げることができるのに。


でも、それは無理なんだよね……分かってる、分かってるよ。でもワガママぐらい吐き捨てたっていいじゃない。


それに後悔してないわけじゃない。

もうずっとずっと後悔してる。

あなたともっともっと話していれば良かったって思ってるんだ。だからワガママの一つや二つくらい出てくるよ。


時間よ戻れ! って念じてしまうくらい、許してよ。


……この苦しみは私が一生抱き続ける。そうすれば私はあなたを忘れることはないから。思い出すたびに、泣くんだろうけど。

笑えないんだろうけど、悲しむことしかできないんだろうけど。

あなたはそれを間違っているって言いそうだけど、これは私が決めたことだから譲らないよ? 妙なところで頑固なのが私の悪いところってことぐらいあなたが一番よく知っているでしょ?


想い出の中にしかないあなたの笑顔が、


悲しみ続けて壊れかけている私の心に寄り添ってくれているから。


お盆休みなんてお寺の住職さんが自己満足で念仏を唱えているだけでしょって馬鹿にしてた。生臭坊主だって心の中で笑ってた。


そうじゃないんだね。あなたへかけるお金はもうそこにしかないから。せめてそこにだけは注いであげようっていう親の愛情なんだ。最後にしてやれる親孝行という言葉の逆。そしてその言葉の意味も、第三者じゃなくて身近なあなたのことで気付くことができた。

それは無駄なことじゃない。祈ることは無駄じゃない。ちゃんと意味があって、ちゃんと……そう、ちゃんと意味があるんだ。


暑い夏、なんのためにあるのか分からないお盆休み。テキトーに過ごすだけだった一時の休息。


私は初めて、その価値に気付いて今年、地元に帰る。


たった一人だけ。ただ一人だけ、胸を張って幼馴染みだと言える、あなたのために。


会いたくても会えない、あなたのめに。


ああ、あなたと過ごしたあの日々が、


ああ、あなたと一緒に歩いたあの道が、


このとても暑い夏、私が来るのを待っているんだと思うと仕事も手に付かなくなっちゃうよ。


あなたも……待ってくれていると、良いな。

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