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堪忍袋

ミレイアが馬車の中から転移した先は、学園の貴族寮の自室。いつものソファの上だった。

転移の光が収まった瞬間、その光景が目に飛び込んできた。


「……っ!!」


向かい合うソファでモフィとスインと一緒にくつろいでいたのは、侍女のノエルだった。

しかも、目を見開いたまま、固まっている。


「……お嬢様? 港町から転移してきたのですか? その格好は……」


ノエルの目が、赤く染まった首筋から、はだけた胸元、乱れたスカートへとゆっくり下りていく。


「危険な目に遭ったのですね!?

まさか、見知らぬ暴漢に襲われたとか……?」


低い声に、侍女としての焦りと怒りが滲んでいた。


「ち、違うの! そんなんじゃなくて――!」

慌ててスカートを直し、ブラウスのボタンを留めようとするが、指先が震えてうまくいかない。


ノエルは立ち上がり、ミレイアの肩を掴む。

「じゃあ、この格好は……誰が……」


その瞳が、何かを察した瞬間、色を変えた。

「……殿下ですね」


「えっ……! あ、その……」

言葉が詰まる。

ノエルの眉間に深い皺が寄った。

「殿下がお嬢様のところに向かったことは、クラリス様から連絡がありました。……お嬢様。まさか、またやったんですか」


「そ、そうじゃない! いや、その……そうだけど違うの!」

口が勝手に暴走し、余計に怪しい発言になってしまう。

頬が熱い。胸のドキドキが収まらない。

ノエルの目が鋭く光る。


「この前のことがあってから、クラリス様たちやモフィたちとも協力してお嬢様の監視を続けて来たというのに……、私たちの目を掻い潜って何をやってるんですか」


「うう。邪魔をされると余計にくっ付きたくなるというか……」


どんどん墓穴を掘っていくミレイアに、ノエルは問いかける。

「……馬車の中で殿下と裸で抱き合って、最後まで奪われそうになったのですね? それで、途中で怖くなって逃げて来たんですか?」


ミレイアは慌てて首を振り、少し顔を赤らめる。


「違う……さすがに馬車の中でなんて、とは思ったけど、怖かったわけじゃない。ただ、アゼルに裸を見られてしまったから、恥ずかしくて……」


ノエルは小さく息を呑み、驚きの色を隠せなかった。


「え? なぜアゼル様が?」


「なんか、ペンダントに危険察知の魔法をかけてたみたいで、わたしが危険だと思って馬車に転移してきたの」


「アゼル様もお嬢様と同じ転移魔法を使うのでしたね……。これは手強いですね……」


「そ、そうね。わたしも、この前初めて知ったの……」


「それで?アゼルさまが転移してこなければ、そのまま殿下に流されるはずだったと?」


「……あ」


「前に、何と言いました? 次に同じことをしたら、ノクシア侯爵と奥様に全部お話しすると、約束しましたよね。殿下と恋仲であることは既に知られてしまいましたが、まだ知られてないことがありますよね?」


ミレイアの動きが固まり、青ざめる。


「今回ばかりは、堪忍袋の尾が切れました」


ノエルは一歩近づき、冷ややかに告げる。

「お嬢様が、殿下とキスをしたり、裸で抱き合ったり、それ以上のことをしようとしたり――それだけじゃない。アゼル様とも平気で深いキスをしちゃうような、とんでもないアバズレ娘だってこと……」


ノエルは一切の感情を隠さず、言い切った。

「明日、星導祭に合わせてお越しになるノクシア侯爵と奥様に、洗いざらいお伝えします」


「……っ、そ、それだけは……!」

ミレイアの顔から血の気が引く。

必死にノエルの袖を掴むが、彼女の瞳には揺らぎもためらいもなかった。

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