解毒
港には、続々と町の人々が集まってきていた。
「なあ、今から何があるんだ?」
「町長が、大事な話があるって言ってたぞ」
「いやいや、俺は“すっごいショー”が見られるって聞いた」
屈強な漁師たちがざわつく。
「私たちを救ってくれる方が来てるって噂よ」
「海で大発見があったって聞いたわ」
「え? ご馳走が振る舞われるんじゃないの?」
快活な港町の女たちも声を弾ませる。
「なんか人いっぱいー」
「みんないるねー」
「楽しいねー」
無邪気な子供たちが走り回った。
――その時だった。
ざわめく人波の中央に、まばゆい光が広がる。
光の中から現れたのは、息を呑むほど美しい少女。
「ミレイアさん!?」
「ミレイア! え、なんで制服じゃないの? それにその服……」
駆け寄ったルイスとティナに、ミレイアは人差し指を唇に当てて囁く。
「実は一瞬、学園に戻ってきたの。この衣装、クラリスにお願いして借りてきたのよ。すごく素敵だから、一度しか着ないのはもったいないでしょう? それに、制服より、こっちの方がそれっぽいもの」
「え……しばらく転移できないんじゃなかったの?」
「二人同時は無理だけど、一人なら平気。それに、解毒薬も調合してきたわ」
呆気にとられる二人を残し、ミレイアは町民たちの前へ進み出る。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。今日は、お聞きしたいことと、お伝えしたいことがあります」
その透き通る声に、ざわめきが止まり、視線が一斉に集まった。
「この海で起きていた魚の大量死は、テドロという毒物が原因だとわかりました。少量でも魚にとっては致命的です。人間がすぐ命を落とすほどではありませんが、毒が回った魚を食べれば、体が少しずつ蝕まれていきます。……魚を食べて、体調を崩されている方はいませんか」
数名がためらいがちに手を挙げた。
「最近、体の震えがおさまらなくて……」
「二週間前に浮かんでいた魚を食べたら、体中が痛くなった」
「私は時々息苦しくなるの」
「家で寝ている祖母が、魚を食べた日からどんどん弱っていて……」
「今ここにいらっしゃる方は、ここで治癒します。家にいる方のもとへは、後ほど伺いますね」
そう言うと、ミレイアは順番に光魔法をかけていく。
「なんだ、これ……すごく体が軽い」
「痛みが一瞬で消えた……」
「以前より元気になった気がする!」
驚きと歓声が広がった。
ミレイアは静かに続ける。
「海水を調べたところ、この港から毒が流れた可能性が高く、半径百キロにわたって広がっていました。先ほど、生き残っていた魚たちの治癒は終えました。これから海全体の解毒を行います」
解毒薬の入った瓶が魔法で宙に浮き、海の上へと運ばれる。ミレイアが放つと、それは霧のように広がり、光魔法と共に海面を滑っていく。
濁っていた海はみるみる透明になり、光を反射して輝き出す。魚たちが嬉しそうに跳ねた。
町民たちは、ただ見惚れていた。
美しく澄んだ海、元気に泳ぐ魚、そして薄紫の光を纏う少女――
体のラインが浮かび上がるセクシーな白いドレスは、彼女をまるで本物の女神のように見せていた。
やがてミレイアは再び口を開く。
「亡くなった魚たちは戻りません。漁をしても、しばらくは大きな成果は望めないでしょう。しかし、いつか必ず以前のような活気を取り戻します!」
「漁に出られるんですね!」
「魚を食べても大丈夫なんですね!」
ミレイアはゆっくりと頷く。
「再び毒を流されることがないよう、悪意ある者が港に近づけない結界を張っておきました」
そして、ニコッと微笑んだ瞬間、人々は一斉に膝から崩れ落ちた。




