港町
ミレイアとティナが転移した先は、静かな漁港の前だった。
潮の香りを含んだ風が頬をかすめ、海は穏やかな波を返している。
桟橋には漁船が並び、網やロープが干されていた。
「わ、わわっ……びっくりしたー!」
ティナは着地の勢いでふらつき、ミレイアの腕にしがみつく。
「転移って……なんか、くるくるするね! ミレイア、誰かと一緒に転移できるなんて凄すぎない?! 聞いてないんだけど!」
「うん、一人くらいなら、なんとか一緒に転移できるよ。ただ、そのあとしばらくは転移できなくなるけど」
「え、それって……学園に戻れなくなったってこと?」
「まあね。でも三時間もすればまた使えるようになるわ」
「そっか。じゃあ、とりあえずルイスを探そっか」
ティナは近くに集落を見つけ、先生からもらった手書きの地図と見比べた。
家々の屋根の煙突から、うっすらと煙が上がっている。
「えっ?! あれ……ティナ? ミレイアさん? なんでここに……」
海沿いの道から現れたのは、厚手のマントを羽織り、2歳ぐらいの幼い男の子を抱いたルイスだった。
後ろからは、同じ顔をした女の子が二人、足並みを揃えてついてくる。
「やっほー、ルイス。来ちゃった」
ティナが軽い調子で手を振る。
「さっき通信したばかりだろ? なんでここに……」
「うーん、内緒」ティナはいたずらっぽく笑い、子供たちを覗き込む。「この子たちって、ルイスの兄弟?」
「ああ。弟のタムと、双子の妹のカヤとマヤだ」
「かわいいね。四人兄弟だったんだ」とミレイアが微笑む。
「いや、十一人兄弟。弟が五人、妹が五人」
「わあ、大家族なんだ。ルイスはみんなのお兄ちゃんなんだね」ティナが感心したように頷く。
「だから、しっかりしないといけないんだ」
ーーティナは表情を引き締めた。
「ねえ、本当に学園を辞めるつもりなの? 卒業したら魔塔に入って、たくさんの人を助けに行きたいって言ってたじゃない」
「……仕方ないんだよ」
「何それ、仕方ないって。ちゃんと理由を言って!」ティナが詰め寄る。
「ねえ、ミレイアもなんとか言ってよ」
「うん。ルイス、何かあるなら話してほしいの。わたしたち、友達でしょ?」
「……ミレイアさんが……俺のことルイスって呼んでくれた。しかも友達だって!? うっほーい、最高!」
ルイスは突然、興奮して浮かれた声を上げた。
「ルイス!」ティナが小突くと、ルイスはようやく真面目な顔になる。
「……うちの父ちゃん、漁師なんだけどさ。最近、この近海の魚が原因不明の病気にかかって、大量に打ち上げられてるんだ。この二週間は漁に出られていない。この町は漁で食べてる家ばかりだから、みんな困ってる。うちは家族が多いし、生活が厳しくて……。母ちゃんも体調が悪そうだし、俺が働いて支えないと……」
「え……そんなことで学園を辞めちゃうっていうの?」ティナの声に焦りが混じる。
「そんなこと、って……。まあ、ティナみたいなお金持ちの貴族令嬢にはわからないだろうな」
「ふん、そうよ。うちはお金だけは沢山あるのよ。だから……頼ってくれればいいじゃない。お金ぐらいいくらでも援助するよ」
「そんなわけにはいかないよ。これは俺の家のことだ。まだ出会って二ヶ月しか経ってないクラスメイトに頼るなんて出来るわけない」
「はあ? あんたそんなふうに思ってたの? ……ルイスのこと見損なった!」
ティナは怒って背を向け、足早に集落の方へ走り去ってしまった。
ミレイアは港の方へ歩き、海面を覗きこんだ。
波間から、腹を上に向け、苦しそうに浮かび上がる魚がいくつも見える。
「ルイス……わたし、この症状、知ってるかも」
「え?」
ミレイアは、息が止まりそうになっている魚ごと海水を魔法で球状に浮かべ、自分の前に引き寄せた。
そのまま光魔法を当て、静かに魔力を流し込む。
やがて魚は、命を取り戻したように尾を振り、球体の中で勢いよく泳ぎ出す。
「……うん、間違いないわ。これは毒ね」
「毒?」
「神経に作用する毒。魚には致命的で、人間が口にしても、ゆっくりと体を蝕んでいく」
「どうしてそんなものが……」
「誰かが間違えて流したのか、それとも意図的に流したのか……」
ルイスの顔が強張る。
「まさか……」
「犯人を見つけることは難しいけれど、海を解毒することは……できるかもしれない」




