反撃の訓練
学園の裏手に広がる森の中。落ち葉を踏む音が微かに響く訓練スペースには、今日、ミレイアとアゼル、そしてレオンの三人だけがいた。星導祭の準備が佳境を迎えているせいか、いつもなら監視目的で見学しているミレイアのファンたちの姿はなく、少し離れた場所にセルジュが静かに待機しているのみだった。
アゼルが穏やかな口調でミレイアに言い聞かせる。
「僕のことを敵だと思って、思いっきり反撃していいからね。今日は少し強めにいくよ」
「はいっ」
ミレイアは短く返事をし、構えを取る。
風が唸りをあげて巻き起こると、アゼルはその勢いを身に纏いながら一気にミレイアの背後へとまわり込む。
ミレイアはすぐさま振り向いて風魔法を繰り出そうとするが、わずかに発動が遅れた。次の瞬間、アゼルの腕が彼女の背後から回り込み、ぐっと強く抱きしめられる。
「遅いよ。まだためらってるね。もう一度いくよ」
訓練は続く。繰り返し魔法を撃ち、受け、反撃を試みる。ミレイアの額には汗がにじみ始めていた。
「まだまだ。もう一回」
アゼルが土魔法で足元に階段を作り、駆け上がりながら水魔法を力強く放つ。ミレイアはすぐに火魔法で迎え撃とうとしたが、やはり間に合わない。水しぶきが容赦なく全身を濡らし、制服も髪もびしょ濡れになった。
「また間に合わなかったね。このままだと寒いね」
アゼルは火と風の魔法を組み合わせ、ミレイアの身体を温かい風で優しく乾かしていく。そして「ちゃんと乾いたかな」と言いながら、今度は正面からふわりと抱きしめた。
「もう一度できる?今度は攻撃する方じゃなくて、とりあえず逃げることを意識してみて」
少し距離を取った位置で、アゼルが声をかける。
「準備はいい?」
「うん。いつでも大丈夫」
その返事と同時に、アゼルが強い閃光を放つ。ミレイアの視界が白く染まった刹那、転移魔法が使われ、次にアゼルは彼女の真正面に姿を現した。
ドンッと地面に押し倒される。アゼルはそのまま馬乗りになる形でミレイアを制し、ゆっくりと顔を近づけた。
「待って、アゼル――」
彼女の唇が塞がれる寸前で、ふいに横から伸びたレオンの手が彼女の口を隠した。
「おい! 調子に乗るなよ。さっきから抱きついたりキスしようとしたり、そんな訓練がどこにある?!」
レオンが声を荒げる。
「えー? ミレイアがちゃんと反撃しないのが悪いんだよ。今だって転移魔法を使えば逃げられるはずだよね?」
アゼルが軽く肩をすくめる。
それにレオンが低く言い放つ。
「ミレイアにキスしていいのは俺だけだ」
そのまま手を離すと、ミレイアの頬をそっと包みこみ、優しく口づけた。
アゼルに見せつけるような甘いキスに、ミレイアの身体は熱くなり、「ん……」と小さな吐息が漏れる。
アゼルの目が一瞬イラついたように細められた。だがミレイアの上からどかず、今度は制服の裾に手を差し入れてくる。
「さあ、逃げてごらん。僕たちが本当の敵だったら……早く逃げないと、殺されてしまうかもしれないよ」
アゼルの指先がミレイアのお腹を優しくなぞる。
レオンの唇がまだ離れないせいで声を出せないミレイアの胸元では、吊るされたペンダントが恥ずかしさに呼応するように小さく瞬いていた。
そのとき、森の木々の間を抜けて一陣の風が吹き抜ける。
冷たい空気に肌がふれ、ミレイアはふっと正気に戻った。
「……っ!」
勢いよく膝を曲げ、アゼルの急所を蹴り上げる。アゼルが呻き声を上げた瞬間、彼女は今度はレオンの腕を掴み、体重をかけて捻った。
「……フローラとユリウスが教えてくれた護身術、役に立ったみたい」
両膝をつき、悶絶するアゼルとレオンが言葉を搾り出す。
「そ、そうか……それは、よかった……」
「ああ……ミレイアが無事ならそれでいい」
そこに、光と共にモフィとスインが上空から降ってきた。
「あれ? ミレイアを助けにきたけど、もう大丈夫みたいだよー」
「アゼルとレオン、倒れてるの〜」
「ふふっ。モフィ、スイン、わたし、ちゃんと護身術使えたんだよ」
「すごいよーミレイア!」
「うれしいの〜。……ねえ、ミレイア、そろそろ帰ろう。おなかすいたの〜」
「そうね。じゃあ、スインのためにも早く帰らないと」
ミレイアは2人の男に向かって軽く頭を下げた。
「レオン、アゼル、訓練に付き合ってくれてありがとう。それじゃ、またね」
足元に魔法陣を展開し、ミレイアはモフィとスインと共に転移魔法で姿を消した。
その場に残されたアゼルとレオンは、地面に倒れたまま唖然としている。
しばらくして、遠くから見ていたセルジュが、護衛対象が転移で消えたことに気づいて大慌てで駆け寄ってくる。
「ミレイアがいないなら、僕も魔塔に戻るよ」
アゼルは立ち上がると一言だけ告げて転移魔法で消えていった。
残されたレオンはセルジュの肩を軽く叩くと、共に薄暗くなり始めた森の道をゆっくりと歩き始めた。




