2週間後
十一月、学園の庭園に紅葉が舞いはじめたころ。
ミレイアが刺客に狙われた事件から、二週間が経った。しかし、いまだ犯人の手がかりは掴めていない。幸いにも、それ以降ミレイアは危険な目にはあっていない。
護衛は相変わらず常にそばにいるが、ミレイアが「クラスメイトには殺気を向けないで」と頼んだためか、あるいは皆が状況に慣れてきただけか、日常生活は次第に平穏さを取り戻してきていた。
レオンとミレイアの関係は、あれ以来大きな進展は見られない。だが、本人たちはともかく、周囲は妙に敏感で、二人が過度に接近しないか見張る者が増えていた。
きっかけは、ミレイアの侍女ノエル。クラリスの侍女を通じて「ミレイア監視協定」をクラリスとティナに提案したらしい。
2人は快く了承し、ミレイア・ファンクラブの有志メンバーや、今やノエルのしもべのようになっているモフィとスインも加わり、レオンがミレイアに触れようとすれば、必ず誰かが妨害に入るようになった。さらに、二人きりにならないよう、常に誰かが近くにいるという徹底ぶりだった。
それでも二人は、周囲の目を盗んでは時折唇を重ね、ささやかな愛を確かめ合っている。
アゼルは、二週間前にミレイアが口にした「自分を守る術を教えてほしい」という願いを真摯に受け止め、三日に一度のペースで放課後に現れては魔法の訓練を手伝っていた。
もちろん、その訓練にも誰かが見張りについている。時間があるときは、レオンも必ず同行し、鋭い視線でアゼルを監視していた。
「なぜ自分に頼らないのか」とレオンは不満げだが、ミレイアは「王子様にそんなことを頼むわけにはいかない」と頑なに拒んでいる。
アゼルはというと、いつものように治療を口実にミレイアに密着しようとするが、妨害が多く、魔力を流しながら甘い言葉をささやくのがやっとの状態だった。
アゼルの訓練がない日には、騎士のフローラがユリウスとともに、魔力を持たない者でも使える護身術をミレイアに教えてくれている。
そして――
夜ごとミレイアのもとに届く不思議な手紙は、最近ではもっぱら励ましの言葉ばかり。未来を暗示するような内容や、具体的な指示はぱったりと途絶えていた。
今日は、来週に迫った星導祭の最終確認と準備が行われる日。
担当教師と、実行委員のセドリックが講堂の壇上で説明を行っている。
星導祭は、学園最大の年中行事だ。生徒の家族や招待された来賓、普段は別の校舎にいる三年生や四年生も参加する一大イベントである。
「この学園って、二年で卒業じゃなかったの?」
ミレイアが隣のティナに小声で尋ねる。
「一応、形式上は二年で卒業だよ。貴族令嬢は、卒業と同時に結婚する人も多いし、成人になるタイミングでもあるから。でもね、もっと学びたいって希望すれば、あと二年は残れるの」
「そうなんだ……わたしも、残れるのかな」
「え? ミレイアは卒業と同時に殿下と結婚するんじゃないの?」
「……結婚できるか、わからないもの」
星導祭では、生徒一人ひとりが何かしらの出し物を担当する。グループで出店をしたり、作品展示を行ったりと内容はさまざまだ。
なかでも注目は、昼間に行われる魔術科と騎士科による合同の決闘大会。
夕方の貴族科主催の社交パーティー。
そして、夜には幻想的な魔導演舞が披露される。
「ミレイアは、何をするんだっけ?」
「私は、最後の魔導演舞に出ることになってるの。ティナは?」
「私は、ソフィアとルイスと一緒に魔法ドリンクのお店をやるよ。よかったらクラリスたちと一緒に来てね」
「クラリスは、何をするんだろう」
「作品展示だって。この前ちょっと見せてもらったの」
「ああ、クラリス、絵を描くの上手だもんね」
「魔法絵の具で描いてたよ。見ると動き出すやつ。
殿下とロイさんは決闘大会だよね?」
「うん、そうみたい」
「アゼル先輩やユリウス先輩も出るって聞いたよ? 四年生に三年連続優勝してる猛者もいるらしいし、見応えありそう。ミレイアは誰を応援するの?」
「え、それは……みんな?」
そのとき――
「あなたたち! 話してばかりで、ちゃんと説明聞いてた?」
クラリスが厳しい声をかけてきた。
「え、もう説明終わっちゃったの?」
「そうよ。今は、各自の準備の時間よ」
「クラリスの作品は、もう完成したの?」
「ええ、だいたいはね。ティナたちは?」
「私は当日に販売する係だから、準備はルイスがやってくれてるの。ミレイアは?」
「私は演舞で魔法を使うだけだから、特別な準備はないかなぁ」
「衣装は?」
「考えてなかった……」
「よかったら、私に選ばせてくれない?」
「あっ、ずるい。わたしも~!」
「じゃ、一緒に考えましょう。ちなみに、社交パーティーのドレスは、準備した?」
「社交パーティー? 貴族科主催の? あれって絶対参加なの?」
「うーん、絶対ではないけど、婚約者がいる人はお披露目の場でもあるし、いない人はパートナーを探して参加するのが恒例みたい。まあ、身内でもいいらしいけどね」
「そうなんだ……わたし、参加しなくてもいいかな」
「やっぱり、そういう場は苦手? でもミレイアには、たくさんお誘いがあるでしょう?」
「……まあ、何人か誘ってくれた方はいたよ。すぐ断っちゃったけど」
「殿下からは誘われてないの?」
「うん」
「アゼル先輩からも?」
「うん……」
クラリスとティナは顔を見合わせ、そっとため息をつく。
「クラリスは、婚約者と参加するの?」
「……ええ。来賓として招かれている方だし、さすがに一緒に行かないわけにはいかないもの」
「ティナは?」
「私は兄さんとかな。でも、ルイスが一緒に行きたがってるから、ちょっと考え中」
「そういえば、今日ルイスは?」
「家の人に呼ばれたらしいよ。詳しくは聞いてないけど」
「ルイスの家のことって、そういえば私たちよく知らないね」
「貴族じゃないからって、あまり話したがらないのよ」
準備の時間をおしゃべりに費やし、気がつけば放課後になっていた。
「ミレイア、迎えに来たよ」
クラスの出入口で手を振るアゼル。
「あ、わたし、もう行くね」
そう言ってクラリスとティナに別れを告げたミレイアがアゼルのもとへ向かおうとすると――
「俺も行くよ」
当然のようにレオンが後を追い、ミレイアの腕を掴む。
三人が連れ立って教室を後にするのを見送ると、クラリスとティナは顔を見合わせ、ミレイアに着せる衣装について楽しげに話し始めるのだった。




