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ざわめく教室

翌朝の教室には、これまでとは少し違った空気が流れていた。


ミレイアが教室に入ってきた瞬間、周囲がざわめく。彼女の背後には、すぐにでも剣を抜ける体勢を崩さない護衛騎士――グラハムがぴたりと付き従っていた。


「……本当に護衛ついてる」

「しかもグラハム隊の隊長じゃない?」

「王都でも最前線に出るレベルの人だよ……」


クラスメイトたちがひそひそと声を交わす中、担任のアデランが教壇に立ち、静かに口を開いた。


「ざわつくのも無理はないが、説明しておこう」


生徒たちの視線が一斉に前に集まる。


「おとといの午後、ミレイア・ノクシア嬢が学園の外で刃物を持った男に狙われる事件があった。命に別状はなかったが、犯人は今も逃走中だ。普段、学園内での個人護衛は禁じられているが、今回は学園長により特例が認められている。皆も、充分に注意するように」


教室が、再びざわつく。


「えっ……そんな、大変なことになってたんですか!?ミレイアさん、怪我は……大丈夫なんですか?なんで連絡してくれなかったんですか!」

前の席から勢いよく振り返ってきたルイスが、心配そうに身を乗り出す。


「う、うん。大丈夫だよ、ありがとう……」

ミレイアは気まずそうに笑って返した。


「ミレイアは、ルイスに連絡してる暇なんてなかったのよ!」

隣の席のティナが、勢いよく割って入る。

「昨日はわたしの兄さんと商会のみんなの命を救ってくれたんだから! こう、シュシュッ、ドドン、ビューン、パァーって。それはもうすごかったのよ!」


「ええ!?ちょっと待って!おとといは命を狙われて、昨日は命を救うって、どういう状況!?」

ルイスが思わず両手を振って混乱を露わにする。


「……ミレイア、おとといのこと、昨日クラリスから聞いたんだ。大変な時に来てもらっちゃって、ごめん」

ティナは申し訳なさそうに肩をすぼめる。


「ううん、ティナは知らなかったんだし。それに、行くって決めたのはわたしだから」


「ほんっっっとに感謝してる!ミレイアはやっぱり女神だよ!!」


「ちょ、ティナ!その話もっと詳しく聞かせてよ!」


ルイスとティナが盛り上がる中――


「……コホン」

アデランの咳払いひとつで、空気がピンと張りつめた。


「授業が始まっているのだが」


教室内のざわめきが一斉に止まり、生徒たちはそそくさと姿勢を正した。


ーー


この日は、どこか落ち着かない一日だった。


ミレイアの席には、授業の合間ごとにクラスメイトが次々とやってきては心配の言葉をかけてくる。そのたびに、後ろで控えていた護衛――グラハムやセルジュ、あるいはフローラが視線だけで圧をかけてくるせいで、話しかけた側はぎこちない挨拶で立ち去るのだった。


そして、二度目の休み時間――


「女神さまっ!! 無事か!?」

騎士科から全力で走ってきたユリウスが、教室の扉を勢いよく開け、感極まった表情でミレイアの手を握った。


「話を聞いて、いてもたってもいられなくて……!」


「……うん、ユリウス。心配してくれてありがとう」

ミレイアは困ったように微笑み、そっと手を握り返す。


ーー


昼食は、学園のテラスではなく、特別に用意された空き教室――どうやらティナの祖父である学園長が手配してくれたらしい。


そのサロンのような部屋で、いつものメンバーのティナ、クラリス、ルイス、ロイ、そしてレオンと共にテーブルを囲む。部屋の隅にはグラハムが腕を組んで立ち、外の気配に気を張っていた。


クラリスとロイは、ミレイアの体調や疲労を心配して声をかけてくれる。ティナとルイスは相変わらずにぎやかで、ルイスは何かと話題を膨らませて空気を明るくしようとしていた。


だが、レオンだけは――


ミレイアの顔を見るたびに、目をそらす。そしてミレイアも、視線が合うたびに顔を赤らめて俯いてしまう。


言葉を交わしていないわけではないが、そこには明らかなぎこちなさがあった。


誰も触れようとしない、けれど確かに何かがあったのだと、全員がうすうす気づいていた。


ーー


放課後。


ティナとクラリス、そしてミレイアが机を囲んでお喋りに花を咲かせている中――

レオンがミレイアに声をかけるタイミングをうかがっていた。


「レオン。……ちょっと、俺たちはボーイズトークでもしようか」


そう言って現れたのはロイ。無造作にレオンの肩を叩くと、王族寮の談話室へと彼を誘った。


「……はあ」

レオンは一瞬ミレイアを見やるが、彼女がそっと目を逸らすのを確認すると、何も言わずにロイについて教室を後にする。


やがて教室の扉が静かに閉まり、残された女子たちは、ちらりと互いの表情を見つめ合って――再び話を始めた。

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