76 影の刻
瓦礫が片付き、助け出された商会の人々が救護団に連れられて去っていくと、喧騒に包まれていたリュネ鉱山の一角は、嘘のように静まり返った。
陽が傾き、風が砂埃をさらう。
すっかり更地となった商会跡地に、二つの影が立っている。
一人は全身黒づくめの男。顔も衣服に隠れており、身動き一つせず膝をついている。
もう一人は、やや痩せ型の体格で、背筋の伸びた初老の男。くたびれた灰色のローブを羽織り、深く被ったフードの影が、その表情を覆っていた。
「……捕まりましたが、先ほど、全員が渡していた毒を飲んで自害しました」
黒装束の男が淡々と報告する。
「そうか。口封じは済んだのだな。それでいい」
初老の男は、低く、乾いた声で呟く。
「……襲撃は、思い通りだった。誘き寄せるには、少々派手な手段ではあったが、得られた成果は十分すぎる」
風に舞う砂埃の向こうで、初老の男の肩がわずかに揺れた。
「自ら転移して現れ、崩壊した山を封じ、救い、癒す……まるで神話の再現だったな」
男の口元が、うっすらと緩む。
「――あの力、あの輝き。人々を惹きつけ、精霊すら従わせる存在感。
規格外の神官と聖女の“力”が、確かに継がれている。あれは、間違いなくあの時の娘だ……生きていたか」
黒装束の男は黙して頭を垂れたままだ。
初老の男は、瓦礫の先――かつて建物の中心だったであろう地点へ目をやる。夕闇が深まりつつあった。
「それに――もうひとつ、予想外の収穫もあった。
あの娘を助けるために現れた男……精神魔法の使い手だった。しかも、制御された精神干渉……並の技ではない」
口調は平坦なままだが、どこか愉悦がにじむ。
「――ありえるとすれば、あの巫女が、私の子を……ふふ、面白くなってきたな」
男は口元をゆるめると、満ち足りたように息を吐いた。
「急いで終わらせる必要はない。……しばらく、眺めさせてもらうとしよう」
やがて2つの影は、誰にも気づかれぬまま闇の中へと消えていった。




