治療室の動揺
学園の治療室に転移したミレイアとアゼル。
穏やかな空気の中、ふたりは抱きしめ合ったまま、静かに言葉を交わしていた。
「アゼルも転移魔法を使えるなんて……わたし、知らなかった」
ミレイアが顔を上げてつぶやく。
「ああ。魔塔でこき使われるのが目に見えてたからね、黙ってたんだ。実は今までも、ノクシア領に行く時はこっそり使ってたよ。……まあ、今回ので、魔塔にはバレちゃったけどね」
アゼルは苦笑しながら肩をすくめる。
「ごめんなさい、わたしのせいよね……。だけど、アゼルが来てくれなかったら、きっと……」
ミレイアが眉を寄せる。
「謝るな。謝るのは僕の方だ」
アゼルはミレイアをぎゅっと強く抱きしめた。
「昨日、刺客に襲われたと聞いた。僕は、ミレイアを守ると決めていたのに……何もできなかった」
「そんなことない!」
ミレイアは、胸元のペンダントに手を当てる。
「アゼルがくれたこのペンダントが、攻撃を跳ね返してくれたの。アゼルは、ちゃんと助けてくれたよ」
アゼルは抱きしめていた手を緩め、そっとペンダントに触れた。
「……これは……、僕のとは違う制御魔法が重ねられてるね。しかも、かなり濃厚な……。なんだか気分が悪いな」
彼は手のひらをミレイアの胸元に密着させ、魔力を流し込んだ。
ペンダントを突き通った魔力が、そのままミレイアの体内へ流れ込む。
いつもの穏やかなものとは違い、強引に奥深くまで押し入ってくるような、熱を帯びた魔力だった。
「っ……あ、アゼル……ちょっと、それ……」
ミレイアは身体の奥が敏感になるような震えを感じて、顔を赤らめる。
「これで大丈夫。僕の魔力で、上書きしておいたからね」
耳元で囁かれる甘い声に、ミレイアは照れくさそうに顔を逸らした。
「あのね、アゼル。あなたも、レオンも……わたしのことを守るって言ってくれるけど、やっぱり、守られてばかりじゃ嫌なの。わたし、自分のことは自分で守れるようになりたい」
「そうか……」
アゼルは優しくミレイアの髪に指を通す。
「ミレイアが、自分のために魔法を使うのが苦手なのは知ってる。だからこそ、僕が守ればいいと思ってた。でも……君がそう簡単に黙って守られる子じゃないことも、よく知ってる。危ないことをするなって言っても、言うことを聞かない。無鉄砲で、頑固なところもよく知ってる。僕は、そんな君に惹かれているんだから」
アゼルは、ミレイアの頭を愛おしそうに撫でる。
「アゼル、わたしに――身を守る術を教えてほしい。もしも命を狙われているなら、甘いことばかりは言ってられない。ためらわずに反撃できるように、なっておきたいの」
「ミレイア……君は本当に……」
アゼルは嬉しそうに口元を綻ばせた。
「もちろんだよ。君が苦手を克服できるように、僕が手伝う。……君がもう、危険な目にあわないように。全力で力を貸すよ」
「ありがとう、アゼル……」
ミレイアの潤んだ濃紺の瞳を、アゼルはじっと見つめる。
ペンダントが、淡く光を灯す。
そっと肩に手を添え、ゆっくりと距離を縮め――
アゼルはミレイアの唇に、優しく口づけた。
キョトンとした顔で目を見開いたミレイアは、それを拒むことなく受け入れた。
唇が重なり合い、アゼルの舌がそっと滑りこむ。
熱を帯びた深いキスへと変わっていく。
「ん……」
ミレイアは目を閉じ、甘い吐息を漏らした――
――その時。
「おい、何をやってる」
治療室のドアが勢いよく開き、レオンが入ってきた。
その視線は鋭く、二人を見据える。
「……いいところだったのに」
アゼルが小さく舌打ちする。
ミレイアは我に返り、アゼルから慌てて距離を取った。
真っ青な顔で、アゼルとレオンを交互に見比べる。
「ミレイアは俺のものだ」
レオンがアゼルから奪うようにミレイアを抱き寄せる。
「さっきクラリスに、ティナから連絡があった。ミレイアがあなたと一緒に学園の治療室に転移したって。……ふたりの雰囲気が危険だったから、殿下に急いで知らせたほうがいいのでは、ってな」
レオンは、じろりとアゼルを見据えたあと、肩で息をつく。
「まさかとは思ったが……。まあ、あなたをミレイアのもとへ向かうように仕向けたのは俺だ。俺にも責任はある」
彼はミレイアの顔を覗き込む。目が泳いでいるミレイアをじっと見つめ――口角をわずかに吊り上げた。
「とはいえ、ミレイアにしたことについては、改めてきっちり話を聞かせてもらうよ。……今は、ミレイアにも色々と“お仕置き”が必要だしな」
そう言って、レオンはミレイアを横向きに抱き上げると、そのまま治療室を出て行った。




