2人きり
ロイは実家に帰省し、クラリスは王宮の書庫にいる週末。
学園の仲間たちもいない、ふたりきりの静かな時間。
王都の外れ、紅葉が鮮やかに色づく並木道。
その近くの小さな公園のベンチに腰を下ろし、ミレイアとレオンは評判のパン屋で買ったパンを分け合っていた。
「ここのパン、本当においしいね」
ミレイアが微笑む。
「だろ?焼きたてはやっぱり格別だ」
レオンも笑い返す。
静かな秋風がそっと頬を撫でるなか、ふたりは自然にお互いのことを話し始めた。
「ミレイアは、一番好きな魔法は何だ?」
レオンが優しく尋ねる。
ミレイアは少し考えながら答えた。
「やっぱり光の魔法かな。あのやわらかな輝きが、心まで温かくしてくれる気がするの」
「なるほど。俺は水だな。冷たくて透明で、見ているだけで落ち着くんだ」
レオンが穏やかに笑う。
「行ってみたい場所は?」
ミレイアが聞き返す。
「まだ行ったことのない北の高地かな。あの澄んだ空気を感じてみたい」
「いいね、私も一緒に行きたい」
話はゆっくりと続き、ふたりの距離は自然と近づいていく。
「ねぇ、ミレイア。好きな異性のタイプは?」
レオンが少し照れくさそうに尋ねた。
ミレイアは少し考え込んでから、ふわりと微笑んだ。
「いつもはクールだけど、わたしにだけ優しくて、時々甘えてくる人。それに、国民の幸せを誰よりも願っている人……かな」
レオンの瞳が輝いて、嬉しそうに笑う。
「もしかして……俺のこと?」
ミレイアは一瞬顔を赤らめて、でもそっとレオンの目を見返した。
「……そうかもしれない」
レオンはにっこりと笑い、ぐっと近づいて耳元で囁いた。
「俺が好きなのは、誰よりも高い能力を持っているのに、誰よりも謙虚で無邪気で可愛い、俺だけの女神さまだ」
ミレイアの頬はさらに紅潮し、小さな吐息が漏れた。
「じゃあ、一番大事にしている宝物は何?」
レオンが真剣な目で尋ねる。
ミレイアは静かに答えた。
「ノクシア領の子どもたちがお金を出し合って買ってくれた誕生日プレゼントの髪留め。とても大切にしてるの」
「そうか、ミレイアらしいな」
「レオンの宝物は?」
ミレイアがワクワクした目で尋ねる。
レオンはそっとミレイアの髪に触れ、甘く囁いた。
「ミレイアだよ」
突然の言葉に、ミレイアの頬は一気に赤く染まった。
「ずるい……」
ふたりは顔を見合わせ、笑い合う。
その後、並木道を歩きながら、ミレイアは昨晩届いた不思議な手紙のことを思い出していた。
《危険が迫っている。明日は手を離さないで》
いつものように枕元に届く、未来からの手紙。
あまり信じすぎたらいけませんって、またノエルに怒られてしまいそうだけど……
手を繋がなければ。
これまではずっと、レオンの方から触れられるばかりだった。
でも今日は、少しだけ勇気を出して――
ミレイアはもじもじしながら、そっとレオンの指先を握った。
「……ミレイア」
レオンが目を瞬かせた。そして、すぐに握られたミレイアの指に指を絡ませてぎゅっと握り返す。
「君から触れてくれるなんて……。今日は我慢しようと思ってたけど、無理そうだな」
そう言うと、レオンは結んだ手を強く引き寄せ、唇を重ねた。
口の中を舐め回す、深く甘いキス。
ミレイアの胸が高鳴り、胸元のペンダントの光が揺れる。
ふたりだけの甘くて穏やかな時間だった。




