夜の来客
ミレイアがモフィとスインを連れて寮の部屋に戻ると、ドアの内側ではノエルがあたふたと室内を歩き回っていた。扉が開く音に振り向いた彼女は、モフィとスインの姿を見つけるや否や、ぱっと表情を険しくする。
「……あ、あなたたち、いたのね!静かに待ってるって約束だったのに、二回もいなくなるなんて!」
腕を腰に当てて叱りつけるノエルに、モフィとスインはすぐにぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい…」
「ごめんね〜ノエル」
「まったく……でも、反省してるならいいんです」
ノエルがため息をつきながら許すと、スインがくるくると彼女のまわりをふわふわと舞いながら言った。
「わーい!大好きノエル〜」
「……まあ、わたしもあなたたちのこと、けっこう気に入ってますよ」
言葉は通じていないはずなのに、どうやら気持ちは繋がっているらしい。さすが、人間離れしたご主人様の傍に仕える侍女。どこか格が違う。
やがて夕食の時間となり、ノエルは手際よくミレイアの食卓を整えたあと、スカートの裾を優雅に摘み上げて一礼した。
「では、お夕食がお済みのころに、また参ります」
そう言って、ノエルは隣の部屋に繋がる扉から静かに出ていった。
モフィとスインは、興味津々といった様子でミレイアの食事を見つめていた。
「ミレイアはそれを食べるんだね」
「あなたたちは何を食べるの? わたしの食事分けてあげようか?」
「なんでも食べれるけど、何も食べなくてもいいんだ〜」
「ミレイアが聖力をくれたら、それがご馳走〜」
「……聖力って、魔力のことかしら?」
ミレイアはそう呟きながら、光の魔法を指先に集めて凝縮させた。ほのかに輝く金平糖のような小さな粒をキラキラキラと何十粒も出し、小皿にふたつに分けて置く。
モフィとスインは、ぱあっと顔を輝かせて飛びついた。
「おいしい!」
「元気が出るよー!」
「最高〜!」
一粒ごとに喜びを叫びながら口に入れるふたり。ミレイアはその様子を、微笑ましそうに見つめていた。
食べ終えると、満ち足りた顔のモフィとスインはうとうととまぶたを閉じ、ソファの上で丸くなって眠ってしまった。
そこへ、戻ってきたノエルが静かに後片付けを始める。食器を片付け、ミレイアの入浴を手際よく済ませると、寝着に着替えさせ、ベッドの支度まで整える。慣れた動作に無駄がない。
「では、おやすみなさいませ、お嬢様。……モフィとスインも、おやすみなさい」
深々とお辞儀をして、ノエルは再び静かに部屋を後にした。
ミレイアは、ソファに眠るモフィとスインの隣にそっと腰を下ろし、ふぅっと一息ついた。
その時──
コンコン
扉をノックする音が聞こえた。ノエルかと思ったが、音がしたのは廊下に面した扉からだった。
「……どなたですか?」
「アゼルだ。開けてくれないか」
ミレイアは驚き、立ち上がる。
「こんな時間に……どうしたの?」
扉を開けると、そこにはアゼルが立っていた。彼女の姿を見るなり、彼は目を逸らす。
「ごめん、こんな遅い時間に。さっき魔塔の同僚から、ミレイアのところに聖獣と精霊が現れて、契約までしたって連絡がきたんだ。心配で……どうしても確認したくなって。少し、部屋に入れてくれないか」
ミレイアはとまどいながら扉の前に立ったまま答える。
「え、でも、こんな夜に二人きりになるのは……」
その瞬間、自分が無防備な寝着姿でいることに気づき、頬が赤くなった。
アゼルは、目を合わせないようにしながら静かに言った。
「大丈夫、何もしないよ。……ただ、聖獣や精霊が君の魔力や体調に影響を与えているかもしれない。少し確認したいだけなんだ」
たしかにこの時間だと、寮の応接室も学園の治療室も使えない。ノエルはさっき休んだばかりで、また呼ぶのも気が引ける。
それにーー何もしないと言ってるのに、こんなに気にするのは、自意識過剰かもしれない……
ためらいながらも、ミレイアの頭にふと思い浮かんだ。
そういえば……今日は、来客を追い返してはいけない日だったわ!
彼女はそっと扉を開いた。
「どうぞ、入って……」
アゼルは小さくうなずき、静かに部屋の中へと足を踏み入れた。




