心配
午後の授業前。東庭園の花の間を通り抜けたミレイアは、モフィとスインに向き直った。
「私たちはこのあと授業なの。ふたりで部屋に戻って待っててくれる?」
「うん、任せて」
「ちゃんと帰れるよ」
ミレイアは不安を隠しきれない顔をしていたが、モフィとスインは落ち着いた様子で頷いた。
午後の授業の魔法歴史学では、変わらず穏やかな時間が流れていた。担当はラトワール先生。淡々とした語り口に、生徒たちは静かに耳を傾けている。
ミレイアは、部屋に戻っていったモフィたちのことが気になって心無しかソワソワしている。
「それでは、教科書の十五ページを開いて。ミレイア・ノクシア嬢、続きの朗読をお願いします」
「は、はいっ!」
立ち上がったミレイアは、やや緊張した面持ちで教科書を手に取る――が、そのテキストは逆さまだった。
「古代第四王朝において……魔導権の移譲は……神殿の意向に基づき……」
見事な滑舌、淀みのない朗読。だが、それを聞くティナは眉をひそめていた。
え?……逆さまに読んでる?
朗読が終わり、ミレイアが着席すると、ティナがこっそり隣の席から身を乗り出してきた。
「ミレイア、どうした?なんか様子変だよ」
ミレイアは少しうつむいて、声をひそめ、
「……実は、今朝……」
召喚学の授業で会った聖獣と精霊が、部屋を訪ねてきた説明をした。
「えっ!?あの猫と風のやつ!?」
「しっ、声が大きいってば……。でね、名前をつけてって言うからつけてあげたら、それが契約の儀式だったみたいで……」
「な、な、な――」
「怒られちゃうよね、勝手に契約なんて……」
「なーーーんですってぇぇぇぇ!?」
ティナの叫び声が教室に響いた。
「ルーエ嬢、静粛に」
ラトワール先生の冷たい視線がティナに突き刺さる。
「……す、すみませんっ」
ティナははっとして口をつぐんだ。
放課後。授業が終わるや否や、クラリスが勢いよく後ろを振り返り、ミレイアたちの席まで駆け寄ってきた。
「何の話? ティナ、あんな声出すなんて、ただ事じゃないでしょ?」
「聞いて聞いて、クラリス!」
ティナが前のめりで話し出す。
クラリスは真剣な顔で聞き、一瞬目を丸くしてから、急に明るい声を上げる。
「いやほんと、ミレイアって、すごい。ふふっ、期待を裏切らないよね!」
「……笑いごとじゃないんだけどなあ」
ミレイアは眉をひそめる。
「とにかく、ドロテア先生に話しに行こうと思ってる」
「もちろん私も行くわよ!面白そう」
「私も! これは聞き逃せないでしょ!」
クラリスとティナが声をそろえる。
そのとき、レオンが駆け寄ってきた。
「ミレイア。ドロテア先生のところに行くのか?」
「うん……ちゃんと報告してくる」
「そうか。……俺も一緒に……」
レオンの背後から、ロイがにょきっと現れる。
「はいはい、王太子様にはお仕事がございますよ〜」
「……っおい、ロイ……!」
レオンは不本意そうな顔でロイに引きずられていく。
ミレイアたちは顔を見合わせ、少しだけ笑ってから、真剣な表情に戻った。
「じゃあ、行こっか」




