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真実

重厚な扉が静かに閉じられた。

秋の陽が傾きかけた頃、アゼル・フェンリルは深く一礼し、ノクシア侯爵夫妻の前に立った。


ギルバート・ノクシア侯爵とシルヴィア夫人は、並んでソファに腰掛け、静かなまなざしで彼を見つめていた。


「今日は、どうしてもお二人にお話を聞きたくて来ました」

アゼルの声には、隠しきれない決意と真剣さが滲んでいた。


「ミレイアのことをちゃんと知りたいのです。……彼女の命を守るために、真実を教えてほしいと思っています」


しばらくの沈黙のあと、ギルバートがゆっくりと頷いた。


「……わかった。お前になら、話してもいいだろう」


シルヴィアはそっと立ち上がり、窓のカーテンを閉める。部屋の中に柔らかい陰が落ちた。


「ミレイアは、私たちの実の子ではありません」


その言葉に、アゼルは静かに頷いた。


「……最近、育ての母であるマーサから聞かされました。僕の出自と、かつて神殿で一緒に育っていた女の子──ミレイアのことを」


アゼルは言葉を選びながら続けた。


「僕は、神殿に捨てられていた子供だと教えられて育ちました。でも本当は、マーサの実の子供……そして……望まれない命でした。マーサはある男に襲われて僕を身籠った。命を絶とうとしていた時、神官のシオン様と聖女アリア様が助けてくださったそうです。そして僕を、神殿の子として育ててくれたんです」


シルヴィアは静かに目を伏せた。


「……そう。アリアが言っていたわ。“神殿で育てている男の子がいてね。ミレイアの一歳上なの。ミレイアのあとをちょこちょこついて回ってて、すごく可愛いの”って……あなたのことだったのね」


アゼルの目が揺れる。


「僕には、その頃の記憶がほとんど残っていません。……でも、マーサに言われてから、断片的に思い出すようになりました。小さな手や、泣き声、髪の色──。そして、彼女の名も……」


「家族3人とも、盗賊に殺されたと聞いていた?」


「はい。そう信じてきました」


アゼルの声がかすかに震えた。


「……6年前、ノクシア侯爵家のお嬢様として神殿に現れた“ミレイア”の魔力を見たとき、どうしても無視できませんでした。とても澄んでいて、美しくて……なぜか心が強く引き寄せられた」


「でも、そのときは彼女が“そのミレイア”だとは気づかなかったのね?」


「……ええ。気づいたのはマーサでした。僕が何も知らずに彼女を診ている間、マーサ……母は気づいていたんです。……そして、命が長くないと悟ったとき、やっとすべてを話してくれました」


ギルバートが、静かに口を開いた。

「俺たち夫婦は、シオンとアリアの学園時代からの親友だった。あの2人は若いころから規格外だった。色々助けられたし、一緒にバカもやったよ」

シルヴィアが頷く。

「私たちは卒業と同時に結婚したのだけど、子が授からなくてね。調べたら、私の体に原因があることがわかったの。侯爵家の跡継ぎを先代から急かされていたし、何よりギルバートに子孫を残してあげたくて、愛人を作るように勧めたこともあった。だけど彼は頑なに拒否してね」

ギルバートが「当たり前だ」と呟く。

「よく、アリアに相談していたの。ーーシオンとアリアが結婚してミレイアを産んだ時には、自分のことのように嬉しかったわ。どんどん成長するミレイアを連れて、時々ノクシア領に遊びにきてくれた」


「ああ、俺たちはミレイアが来るのをいつも心待ちにしていたよ」


「その頃からアリアは、時折ミレイアの未来を見ていたの。暗殺の予兆……王家に命を狙われる未来が、何度も見えたと言って悩んでいた。彼女はなんとか運命を変えようと動いていたのよ。もちろんシオンもあらゆる魔法で、家族を守ろうとしてたわ。でもある日、“自分たち夫婦の死の運命だけは変えてはいけない”と覚悟を決めたようだった。“この未来を変えれば、世界に歪みが広がって、大切な人たちが命を落とす”──そう話していた」


「そのうえで、シオンとアリアはミレイアを俺たちに託した。家族3人とも、盗賊に殺されたと発表されたが……あれは、シオンが作った身代わり人形によるものだった」


アゼルは侯爵の茶色い目を覗き込んで言う。

「……彼女が、なぜ侯爵家の実子として届けられているのか、不思議だったんです。でも、神殿の出生記録をいじることができたのは、シオン様だけだったと……今ならわかります」


ギルバートが深く頷いた。


「シオンの居宅を襲った盗賊の中に王家の刺客がいた。それを確認したのは、事件のあとで密かに調べさせた結果だった。……詳細を聞くことは叶わなかった。すでに刺客は自ら命をたっていた。暗殺を命じたのは先代国王か、現国王か、それとも王弟か──」


「あれから私たちは王家を警戒してきた。私たちはずっと、あの子を“安全な場所”で守り育ててきたつもりだった……」


アゼルはゆっくりと頷いた。


「ずっと、おふたりを過保護な親だと思っていました。けれど……命を守るためだったんですね。僕も、彼女のことを守りたいと思っています。彼女が誰に好意を寄せていようと、その気持ちは変わりません」


シルヴィアはじっとアゼルを見つめた。


「あなたは、あの子にとっても大切な存在だと思うわ」


「……ありがとうございます」


アゼルは深く頭を下げた。そして背を向け、静かに扉へ向かう。


「アゼル」


背後からギルバートの低い声がかかった。


「──もし本気であの子を守りたいのなら、覚悟を決めろ。迷いながらそばにいられるほど、あの子の人生は甘くない」


アゼルは立ち止まったが、振り返らなかった。


「はい」


その短い返事に、すべての覚悟がこもっていた。


──そして扉が、静かに閉じられた。

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