フローラの説教
王都での楽しいひとときも終わり、ミレイアは護衛についていたフローラと一緒に寮へと戻ってきた。
扉の前に立ち止まったフローラが、ちらりとミレイアの横顔を見て、小さくため息をつく。
「……ノエルから、ある程度は聞いてます。王太子殿下とアゼル様とのこと。説教してくれって頼まれたので、少しだけ」
「……え?」
ミレイアが目を見開くと、フローラは腕を組み、低い声で言った。
「流されるのはダメですよ、ミレイア様」
その言い方に、どこか姉のような厳しさがにじむ。
「わたしとしては、前にも申し上げましたが……魔力暴走のことがなかったとしても、王太子殿下とアゼル様は、ミレイア様にはおすすめできません」
「どうして……?」
「王太子殿下は、王家の人間です。この頃は第二王子派が台頭していて、殿下を引きずり下ろそうと画策していると聞きます。わたしの父に冤罪をかけたイグニッツ侯爵とも近しい関係にある。その令嬢とは婚約寸前で、深い関係だったという噂も……王都騎士団の中では有名な話です」
ミレイアは言葉を失ったまま、静かにフローラの話を聞いていた。
「そんな殿下と一緒になるなんて……ミレイア様が苦労するのは目に見えてます」
しばらく黙りこんだフローラが、今度は少し口調を変えて続けた。
「そして、アゼル様。理由は……うまく言葉にできません。ただ、時々ミレイア様に向けるあの目――あれは、執着です。親切そうな言葉にも裏がある気がして……どうにも信用できない」
不安を隠せない顔をするミレイアに、フローラは少しだけ表情を和らげた。
「……あくまでも、私の意見です。でもミレイア様は、人を信じすぎるところがあります。だから、もう少し慎重になったほうがいいと思ってるんです」
そして、咳払いをひとつ。
「……わたしのおすすめは、ユリウスです。誠実で裏表がない、ミレイア様のこと大事にしてくれます」
ミレイアは驚いたようにフローラの顔を見て、そして小さく苦笑した。
「ユリウスは、そういうのじゃないわ」
「でも、彼ならミレイア様に近づいても、魔力暴走は起きない。……家族みたいに思ってるからでしょう? そういう関係こそが、本当は一番安心できるんです。私は、そう思います」
フローラの真剣な口調に、ミレイアは胸に手を当てる。
「……だけど、レオンのことが好きなの。苦しくなるくらい。誰に反対されたとしても……身を引くなんて、考えられない」
その言葉に、フローラは長く息をついたあと、静かに尋ねた。
「本気……なんですね?」
「うん」
短く、だけど揺るぎなくミレイアがうなずくと、フローラは諦めたように眉を下げた。
「……でしたら、それ以上は言いません。ただ、もし……もし殿下やアゼル様に、ミレイア様が傷つけられるようなことがあれば、私は黙っていませんからね」
その一言には、静かだけれど確かな怒りと、深い愛情が込められていた。
ミレイアは思わず目を伏せながら、小さく微笑んだ。




