ペンダント
空が暗くなり星が見え始めたころ、ミレイアは治療室のベッドで目を覚ました。
柔らかな光が灯るランプの下、アゼルが静かに椅子から立ち上がる。
「もう大丈夫そうだね。……部屋まで送るよ」
淡々とした声に優しさがにじむ。
ミレイアは頷き、少しふらつきながらも立ち上がる。
そして寮の部屋の前まで来たとき、アゼルがふと足を止めてーーポケットから細い箱を取り出した。
「……ずっと渡そうと思ってたものがあるんだ」
そう言ってアゼルが差し出したのは、
深いブルーの宝石がひときわ美しく輝く、繊細な銀のペンダントだった。
「え……もらえないよ、そんな――」
断ろうとしたミレイアの唇に、そっとアゼルの指先が触れる。
「これは、ただの飾りじゃないよ」
ミレイアが一瞬、目を見開く。
「君の魔力暴走を抑えるための魔道具だ。僕の魔力が込めてある。触れてごらん」
言われるままに、ミレイアが宝石に指を添える。
すると、アゼルに触れられた時と同じ――穏やかで心地よい魔力が、胸の奥まで静かに染み込んでくる。
「……これなら、よほどのことがなければ大きな暴走は起きない。物理攻撃の無効化魔法も重ねてある。万が一の備えとしてね」
ミレイアが、宝石から目を離せないまま、微かに口を開く。
「……こんな、大切なものを、どうして――」
アゼルは小さく笑った。少しだけ、寂しそうに。
「本当はずっと前から用意してた。だけど、渡せば……僕が、君の側にいる理由がなくなる気がして、ためらってた」
視線を落とすアゼル。夜の静けさに、彼の声がやけに真っ直ぐに響いた。
「本当は……君のことはずっと、僕の胸に閉じ込めておきたい。独り占めしていたいよ。でも、君の気持ちを無視するほどわがままな自分ではいたくない」
そして、ミレイアの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「いちばん大事なのは、君が危険な目に遭わないこと。君が笑っていられること。だから、これは僕の願いでもあるんだ――ペンダントを、ずっと身につけていて。
時々、魔力の充填もさせてほしい」
アゼルはペンダントのチェーンを優しく広げ、
ミレイアの背後に回って、慎重に首にかける。
ひやりとしたチェーンの感触と、アゼルの手が髪に触れる気配に、
ミレイアの頬が静かに紅く染まっていく。
「……ありがとう」
それだけ言うのがやっとだった。
アゼルの背中が、夜の廊下にゆっくりと遠ざかっていく。
ミレイアは言葉もなく、それをただ――見つめていた。
部屋に戻って扉を閉めたちょうどそのとき、コンコンと控えめなノックの音が響いた。
「お嬢様、失礼します。アゼル様からご連絡がありまして、軽食をお持ちしました」
ノエルが温かなスープと柔らかなパンを乗せたトレイを手に入ってくる。ふわりと香る湯気に、ミレイアの空腹を思い出させるような静かな音が鳴った。
「ありがとう、ノエル。……助かるわ」
「お身体に負担がかかったあとは、ちゃんと召し上がらないといけませんからね」
ノエルはそう言って、そっと机の上にトレイを置くと、静かに部屋を後にした。
ミレイアはひとりきりになると、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、胸元のペンダントに指を添える。
――アゼルの魔力が、優しく寄り添うように脈打っている。まるで抱きしめられているみたいな……
心地よさと同時に、なんとも言えない照れくささと気まずさがこみ上げてくる。
深く息をついたあと、ミレイアはそっとスプーンを手に取った。




