初恋の虹
金曜日の放課後、夕日が差し込む静かな温室庭園。
レオンとミレイアは、色とりどりの花々が咲き誇る中を歩いていた。
「ここ、前から来たかったんだ。ミレイアと二人きりで」
ミレイアは少し照れくさそうに笑ってうなずく。
軽やかな談笑のあと、二人はベンチに腰を下ろす。沈黙がしばし流れたあと、レオンがゆっくりとミレイアの手を握る。
「ミレイア、俺は、君を愛してる。大事に思ってる」
ミレイアは、レオンの真剣な瞳をまっすぐに見つめ返した。少しの間、唇を震わせたあと、はっきりと口を開く。
「……わたしも。レオンが好き。大切に思ってる」
レオンの瞳がわずかに揺れ、そして柔らかく細められた。
「……その言葉が、ずっと聞きたかった」
静かに手を伸ばし、ミレイアの頬に触れる。そして、ゆっくりと距離を詰め――
二人の唇が深く重なる。
優しく、心を溶かすような口付けだった。
「ん……!」
ミレイアから甘い声が漏れる。
その瞬間、温室の空気がやわらかく震え、ガラスの天井から細かな霧が降り始める。花の香りを含んだ薄い雨は、光に照らされながら舞い、やがて頭上に大きな虹を描いた。
「……わあ……!」
ミレイアは驚いて立ち上がり、軽く深呼吸をして魔力を収めようとする。
「ごめんなさい、またわたし……!」
「……綺麗だな」
レオンは立ち上がり、虹を背景にミレイアを抱きしめた。
「大好きだ。……本当に、心から」
甘い口付けを繰り返すレオン。
心が揺らされ続けるミレイア。
気がつけば、魔力暴走で光の玉がいくつも浮かんでいる。
――そして、その幸福な空間を、鋭く裂く声が響いた。
「……何をしている」
振り返ると、温室の入口にアゼルが立っていた。魔力の揺れを察知して駆けつけた彼は、二人が口付けを交わす瞬間を見て、顔から血の気が引いていた――
アゼルは歩み寄り、ミレイアの手をぐっと引く。
「ミレイア、大丈夫か? こんな奴に……」
「待って、アゼル!」
レオンが立ち上がり、ミレイアを引き戻す。
「俺たちはもう付き合ってる。あなたに干渉される筋合いはない」
「……本当なのか?」
アゼルの問いに、ミレイアはしばらく目を伏せたあと、意を決してうなずいた。
「……ごめんなさい。アゼル、わたし……レオンが好きなの。」
アゼルの表情が曇る。
「君は……恋愛できない体質なんだ。魔力暴走の危険は、理解してるはずだよね? 君は僕としか――」
「悪いけど譲る気はない」
レオンが遮る。
「その危険については聞いた。だけど、彼女を守るのは俺だ。あなたじゃない」
「殿下は、何もわかってない。……ミレイアの魔力を、僕はずっと見てきた。誰よりも理解している。
それに、殿下には婚約者がいるでしょう?」
「……候補だ。それも、すぐに断るつもりだ」
「ミレイアを婚約者にするつもり? そんな簡単にいくとは思えないけど。まだ婚約もしていない令嬢に手を出すのは、殿下にとっては普通のこと?」
「……!」
「今まで多くの女性と、体だけの関係を持ってきたと聞いている。そんな男に、大事なミレイアを託せると思うのか?」
アゼルの言葉に、ミレイアの胸がずきんと痛む。
レオンは目を伏せたあと、まっすぐにアゼルを見返す。
「……後悔してる。過去は消せない。でも、これから抱くのはミレイアだけだ」
「おい!」
その瞬間、二人は互いに掴みかかり、取っ組み合いになった。
「やめてっ!!」
ミレイアの叫びが響いた瞬間、空気が凍りつく。
周囲の空気が冷え、三人の周囲を囲むように氷の壁が立ち上がった。ミレイアの意識はそのまま途切れ、ゆっくりと崩れるように倒れ込んだ。




