待ち伏せ
今日も学園はお休み。
30分前――早朝の王族寮の執務室。
クラリスが昨日のお茶会がとても楽しかったと、書類をまとめながらレオンとロイに話していた。
ペンを動かす手をとめて、クラリスに相槌をうちながら、「仲良くなれてよかったな」と優しい言葉をかけるロイ。
興味がなさそうな顔をして、聞き耳を立てているレオン。
「そういえば。ミレイアが、今日は朝から学園の図書館に行くって話してたわ」
その話が聞こえた瞬間。
レオンが、「ちょっと外を散歩してくる」
とあっという間に執務室を飛び出していった。
そして現在――学園図書館の前。
「……で、何をしてるんですか、殿下」
見事なまでに無駄な動線を描いて図書館前をウロウロしているレオンに、クラリスが腕を組みながら、呆れ半分で問いかける。
「ただの散歩だ」
クラリスは、レオンの言葉を即座に切り捨てた。
「待ち伏せなんて趣味が悪いですよ」
隣りでロイが頷き、
「一緒に行こうって誘いにいけば良かったのに、面白いやつだな」
レオンを肘で小突いてクスクス笑っている。
そこに、空色の軽やかなドレスを着たミレイアが、貴族寮の方角から歩いてきた。
その後ろに、慌てた様子で駆けてくる少年の影が見えた。
「あの!……ミレイアさん、待ってください!」
ロイが目を細めてその声を聞き取る。
「おおっと……あれは、セドリック・グレアムじゃないか?」
「また面白い子が来たわね」
クラリスが唇に手をあてて微笑む。
セドリックは少し息を切らしながら、ミレイアの前で立ち止まる。
「じ、実はお話があって……その、ふたりきりになれるところで、少し……!」
ミレイアの顔をまともに見られず、視線が彷徨っている。普段、魔術論文を堂々と発表している姿とは別人だ。
ミレイアは少しだけ首をかしげて、「いいわ」と頷き、二人は建物の影へと消えていった。
「……なにやってんだ、あいつ」
レオンの声が明らかに不機嫌モードに突入。
ロイがにやにやと笑いながら、勝手に解説する。
「……あれは、告白だな。間違いない」
クラリスが視線をセドリックの背中に送りながら、興味深げに呟いた。
「セドリック・グレアムなら大丈夫……とは思うけど。ふふ、これは危険かもしれないわ」
建物の影へと入っていくミレイアとセドリック。
そのあとを、レオンたちもこっそり尾行する。
やがて二人が立ち止まったのは、学園の奥、樹々に囲まれた小さな木造の小屋の前だった。
「……こんな場所に小屋なんてあったか?」
ロイが小さく首を傾げる。
「初めて見たわ。あ、中に入っていった」
「ドア、閉まったな」
ロイが口元を抑える。
「殿下、落ち着いて」
クラリスが止める間もなく、レオンはもう姿を消していた。
ドカァン!!
ものすごい音を立てて、ドアが豪快に蹴り破られる。
「な、何事ですかッ!?」
セドリックが腰を抜かしそうになりながら、驚きの声をあげる。
「王太子殿下!?」
ミレイアもびっくりして目を丸くしている。
室内は、どうやら魔術研究室らしく、書類や魔導具が所狭しと並んでいた。
「……ミレイアを連れ込んで……この状況、どう説明するつもりだ?」
琥珀色の瞳の威圧に、セドリックの歯が小さくカタカタと鳴る。
クラリスが横からフォローに入る。
「グレアム、ここで何をしていたの?」
「じ、実は……今、内密に進めている研究があって……先日の授業で見たミレイアさんの魔法が、どうにも引っかかってて……協力をお願いできないかと思ったんです……!」
ロイがぼそりと呟く。
「愛の告白じゃないのか」
「そ、そんな恐れ多いことっ……!!」
顔面を真っ赤にして手をぶんぶん振るセドリック。
クラリスが、「ふふ、ごめんなさいね。殿下がドアを壊してしまって」と軽く笑いながら謝っている。
ミレイアは、セドリックが集めた研究資料を見て目を輝かせていた。
「……今日は図書館で本を読むつもりだったけど、こっちのほうが面白そうね。少し協力させてもらうわ」
レオンがほんの少し拗ねたような顔をして呟く。
「……無事なら、いいんだ」
その横顔を見て、ミレイアはそっと微笑んだ。
クラリスは、ミレイアと軽く言葉を交わして手を振ると、ロイと一緒に中々動かないレオンの背中を押して小屋を出た。
「私は図書館に寄ってくけど、二人は?」
ロイがレオンの背を叩く。
「レオン殿下には、まだ執務があるので連れて帰りますよ」
「……ちっ」
レオンが渋々と立ち上がったそのとき、クラリスがふと振り返って言う。
「そうそう、ひとつだけ。アゼル・フェンリルが、ミレイアに告白したそうですよ」
「なっ――!」
クラリスはそのまま颯爽と図書館へ。
ロイはおかしそうに笑う。
「一番のライバルが本気出してきたか。さてさて、王太子殿下はどう動く?」
レオンは小さく呟いた。
「……俺だって本気だ」




