3人のお茶会
案内されたのは、庭に面した陽当たりの良いティールームだった。
淡いピンク色を基調にした室内は、ティナの母の趣味が色濃く表れていた。
ミレイアとクラリスが腰を下ろすと、すぐに可愛らしいケーキスタンドと紅茶が運ばれてきた。
「……まったく、兄さんったら……ごめんなさい、ミレイアさん、クラリスさん」
座るなり、ティナが肩をすくめながら謝った。
クラリスがくすりと笑った。
「いいのよ。楽しいご家族ね。むしろちょっと羨ましかったくらい」
「わたしも。とても温かい家族なんだなって思ったわ」
ミレイアも穏やかに微笑みながら、ティナの家を見回す。
窓から射し込む午後の陽射しが、テーブルに並べられたティーセットをやさしく照らしていた。香りの良い紅茶の湯気がふんわりと立ちのぼっている。
「それにしても、ミレイアさんが通信魔道具の開発者だったなんて! 本当に驚いたよ」
ティナは紅茶を口に運ぶと、興奮がまだ冷めない様子で言った。
「うん……、あんまり公にはしてないの。ノクシア家の娘が、商会で物を作ってるって知られたら、いろいろ言われちゃうから……」
ミレイアは少し照れたように頬を染めた。
「むしろ公表しないほうがもったいないくらいだわ。でも……さらに“神格化”されるのは間違いないわね。
今まで魔術師が大掛かりな魔法陣を準備しないとできなかったことが、ただ手をかざすだけでできちゃうなんて――最初は“まさか”って思ったもの」
クラリスが少し笑いながら、言葉を添える。
しばし和やかに談笑したあと、クラリスがふと真剣な顔になる。
「ねえ、そろそろ“さん付け”やめない? 私たち、もう十分仲良しでしょう?」
「……えっ?」
「ずっと丁寧に呼び合ってたけど、なんだかよそよそしい気がしてたの。わたしのことは“クラリス”って呼んで。わたしも、“ミレイア”と“ティナ”って呼ばせてもらうわ」
「クラリス……」
ミレイアは目を丸くして、それから柔らかく笑った。
「うん、わたしもそう思ってた。ありがとう、クラリス」
「うれしい……!」
ティナも両手を握りしめるようにして頷いた。
「……にしても、本当にかわいいお屋敷だね」
ミレイアは紅茶をひとくち飲みながら、壁に飾られた花のリースや、猫の形をした小さな時計に目を向ける。
「うちの母、童話のお姫様になりたかったらしいわ」
ティナが肩をすくめて言うと、クラリスがクスクスと笑った。
「そういえば、ふたりは付き合ってる人とか、婚約者っているの?」
クラリスが何気ない調子で尋ねた。話題の流れというよりは、ふと気になったというような言い方だった。
ティナが目を丸くする。
「えっ、いきなり恋愛の話?」
「入学したばかりとはいえ、貴族には早くないのよ。卒業と同時に結婚する人も多いしね。私にももう婚約者がいるもの」
「えっ……クラリスに!?」
ミレイアも驚いて、カップを持つ手を止めた。
「ええ。リオネル・フォン・エイグレン。公爵家の三男で、わたしより二つ年上。幼い頃から決められてた話だけど、結婚後も参謀として働くことを許してくれてるし……まあ、納得はしてるわ」
「え、てっきりロイさんと付き合ってるのかと……」
ティナが思わず口を滑らせる。
クラリスは一瞬まばたきをしてから、笑みを浮かべて否定した。
「違うわよ。ロイとは、ただの幼なじみ」
微かに視線を逸らすその仕草に、ミレイアは小さく首を傾げたけれど、追及はしなかった。
「ティナはどうなの?」
「私は……母様に、“運命の相手は自分で見つけるもの”って言われてるの。お見合いとか婚約とか、そういう話はまったくないわ。でも、簡単に見つかるなら苦労しないよね」
ティナは少し困ったように肩をすくめた。
「ミレイアは?」
「わたしは、婚約者も恋人もいないよ。父と母も、“一生独身でもいいよ”って言ってるし、特に焦ってもいないの」
クラリスがふっと笑って、カップを置いた。
「でも……殿下のことは、どうなの?」
ミレイアが一瞬、目を瞬かせると、ティナがすかさず乗った。
「そうそう!最近の殿下、もう完全にミレイアにベタ惚れって感じ。最初、“冷酷王子”って噂されてたのに、今じゃ“甘々王子”よ?」
「……ちょっと、やめてよ」
ミレイアが苦笑まじりに頬を赤らめる。
「告白……されたんでしょう?」
クラリスが真っすぐな目で聞く。
「ううん。『ずっと会いたかった』とは言われたけど、はっきりとは何も。告白してきたのは、アデルで……」
ティナが「ええー!?」と声を上げ、クラリスも思わず目を見開いた。
ミレイアは、余計なことを言ってしまったかも、と急に焦る。
「アデルさんが告白!? そっちも本気なのね……!」
「うん。でも……どっちかと付き合うとか、結婚するとか、そういうのは考えられない。恋愛は、今のところ……する気がないの」
ミレイアは少し目を伏せて、紅茶に視線を落とした。
クラリスとティナは、それ以上は何も聞かなかった。ただ、うなずいて、それぞれのカップに口をつける。
そして話題は、好きなお菓子のこと、噂の演劇のこと、流行りのアクセサリーのことへと、楽しく移っていった。
ふと窓の外を見ると、夕陽が西の空を赤く染めていた。
「そろそろお迎えが来る頃かしら」
クラリスがそっと立ち上がる。
「……ほんとだ。時間が経つのって、あっという間ね」
ミレイアもティナの用意してくれたお菓子の皿に目をやりながら、小さく笑った。
玄関では、フローラたち護衛が控えており、馬車の準備が整っている。
ティナが二人を見送りながら、少し寂しそうに微笑んだ。
「じゃあ、また月曜日ね」
ミレイアが手を振ると、ティナも「うん、気をつけて!」と元気に返す。
クラリスはふと振り返って、「本当に、楽しかったわ。ありがとう、ティナ」と優しく言った。




