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ティナの家

あっという間に迎えた週末。

学園での新しい出会いと、目まぐるしくも充実した授業の日々を思い返しながら、ミレイアはクラリスと並んで馬車に揺られていた。


カーテンをそっとめくると、後ろからついてくる護衛の姿が見える。

ノクシア家から付き従うフローラと、王家から派遣されたクラリスの護衛騎士が、それぞれ馬に乗ってぴたりと随行していた。


「ティナさんの家って王都の中心にあるのでしょう? 楽しみだわ。ご家族はどんな方たちかしら」

ミレイアが微笑むと、クラリスも嬉しそうに頷いた。


「ふふ、ティナさんの家はちょっと特別よ。知ってる? お祖父様は、代々、レガリア魔導学園の学園長を務めてきた名家の方なの」

「えっ、学園長のお孫さんだったのね……!」


「そう。学園長の娘であるお母様は、経営の手腕に長けた方で、今は学園の運営にも関わってるわ。

男爵家だけど、あの家は資産家としても有名よ。

お父様は王都の中心でホテルやサロンを経営していて、お兄さんも貿易商会勤めのエリート。いずれは家業を継ぐって噂よ」


「……ティナさん、すごい家の子だったのね」

あの天真爛漫さからは想像もつかず、ミレイアは少し目を丸くした。


やがて馬車は王都の中心部へと差しかかり、賑やかな商店街の中を抜けていく。石畳の道路に面して事務所や店舗が整然と並ぶその中に――ひときわ目を引く邸宅が現れた。


「……童話に出てきそう……」


思わずミレイアが呟いたその屋敷は、ピンクベージュの外壁に白い窓枠、アーチ型の玄関に蔦が這い、屋根には可愛らしい三角窓。

外観はまるでメルヘンの世界そのもので、周囲の商業建築の中で、堂々とした存在感を放っている。


「お母様の趣味らしいわよ。見かけによらず本気でかわいいものが好きなの」

クラリスがクスリと笑う。


屋敷の前で馬車を降りると、整えられた芝生と小道を抜け、玄関先へ。


扉が開くと、整った身なりの執事が一礼しながら迎えてくれた。


「ようこそお越しくださいました。ティナお嬢様とご家族がお待ちです。どうぞこちらへ」


玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、ミレイアの目が輝いた。

アンティーク調のレースのカーテン、淡い色合いの家具、絵本の中から抜け出したようなフローラル模様の絨毯と、陶器の動物たちが飾られたショーケース――すべてが可愛らしくも上品な趣きだった。


「可愛い……! 本当に素敵なところね」

感嘆の声を漏らすミレイアに、クラリスも満足げに微笑む。


そこへ、パタパタと軽やかな足音が響き――


「ミレイアさん! クラリスさん! ようこそ!」


ティナが嬉しそうに駆け寄ってきた。その後ろから、涼しげな笑みをたたえた母と、端整な顔立ちの兄が現れる。


「本日は我が家にお越しくださってありがとうございます。こちらは母のセレスティアと、兄のリュシアンです」

ティナが丁寧に紹介する。


「はじめまして。お招きいただき光栄です」

ミレイアは軽くスカートをつまみ、優雅に挨拶を返した。


「まあまあ、本当にいらしてくださったのね! クラリスさんにミレイアさん……会えてうれしいわ」


「は、はじめまして、リュシアンです。ハートウェル公爵家のクラリスさんとノクシア侯爵家のミレイアさん……っ、うわ、本物……!」


緊張気味の挨拶に、クラリスが上品に笑って手土産の包みを差し出す。


「王都で評判の菓子店〈セリュリエール〉の焼き菓子です。お口に合えばうれしいのですが」


「まあ! このラベル……! ずっと気になっていたお店ですわ」

セレスティアは嬉しそうに包みを受け取り、ティナが思わず苦笑する。


「さすが、クラリスさん。母の好み、ぴったり当ててきたわね」


その隣でミレイアは、控えめに包みを差し出す。


「こちらは、ノクシア商会で最近売り出した魔道具です。私が作ったもので恥ずかしいのですが、お役に立てれば……」


「えっ、これ……っ!?」

リュシアンが受け取り、包みを開けるやいなや、思わず声を上げた。


「瞬間記録器じゃないですか! 一瞬で絵姿が描けて、今あるものの記録が残って、後から投影できるっていう……まさか、ミレイアさんが発明したんですか?」

リュシアンが目をキラキラさせながら身を乗り出す。


「ではもしかして、通信魔道具も……?」

セレスティアが目を見開くと、ミレイアは少しはにかんで頷いた。


「はい。ノクシア商会で売り出している魔道具はすべて、私が開発したものです。もちろん、商会の皆さんの協力があってこそですが」


「まぁ……! 学園の先生方が魔法も教養も“すべてが完璧”と噂していたけれど、噂以上だわ……!」

セレスティアが感嘆の息を漏らした。


「それからもうひとつ、こちらは今冬発売予定の《魔導調温器》です」

ミレイアが、もうひとつ持っていた包みをセレスティアに手渡す。

中にはレバーがついた半球状の機器が入っていた。


「レバーをひねると部屋の温度をお好みに変えることができます」


「まあ、この小ささで部屋全体にきくの?」


「ええ、一年に一度ほど魔石カードリッジの交換は必要ですが、魔力の無い方にも簡単に扱えます。冬は、暖炉がなくても暖かいですよ」


「すごい、すごいよ! いつから開発してたんですか? どうやってアイデアが浮かぶんですか? 使われている魔石は……っ、いや、それより設計図とか、もっと詳しく――!」

リュシアンがさらに前のめりになり、ミレイアの顔を覗きこむ。


「兄さん、いい加減にして!」

ティナがリュシアンの腕をつかんで引っ張る。


「今日は三人だけのお茶会なの! 母さまも、もうご挨拶が済んだなら失礼して! 邪魔しないでよ!」


「あら、ごめんなさいね。つい嬉しくなって。ゆっくり楽しんでね、ミレイアさん、クラリスさん」


セレスティアが微笑みながらリュシアンを軽く促し、去っていった。

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