表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/273

アゼルの秘密

アゼルがミレイアに想いを伝えた、翌日早朝。


神殿で共に暮らしていた巫女のマーサが、病で倒れたとの知らせが届き、アゼルは学園を休んで王都のはずれにある古い神殿を訪れていた。


静かな神殿の奥、薬草の香りが漂う小部屋。

白い寝具の上で、やせ細ったマーサが穏やかに微笑む。


「来てくれたのね、アゼル。……しばらく見ないうちにまた、立派になったわね」


アゼルは、静かに頷いた。

彼にとってマーサは恩人だった。いや、それ以上の存在だった。


神殿の前に捨てられていた自分を育ててくれた人。


自分の“特殊な魔力”を、初めて肯定してくれた人。


——他人の魔力の流れと、感情の「色」が見える。

それは、周囲から気味悪がられる奇異な力だった。


けれどマーサだけは、こう言ってくれた。


『それは、神の瞳ね。優しい心で見れば、痛みも癒やせるはずよ』


10歳からは神官見習いとして神殿で働き始めた。


ある日、侯爵家から魔力検査に訪れた少女――ミレイアに出会う。計測のために設置された椅子に座り、複数の神官が手をかざして魔力を読み取る儀式に、アゼルも補助として立ち会っていた。


そのときミレイアが見せた魔力と感情の色は、彼の目に焼きついた。


強大な澄みきった魔力。輝く虹のような感情の色。


その後、神官たちは彼女の体質を「恋愛感情によって魔力が暴走する可能性がある」と診断し、彼女の生活に慎重さを求めた。


強い魔力をもち、何不自由なく侯爵令嬢として両親に愛されて育ってきた少女。

異性に触れると命の危険が伴うかもしれないという美しい少女。

あの時から、アデルは彼女のことをもっと知りたいと思った。


――


「マーサ……その、病気っていうのは……」


「ええ、心臓の病でね。もう長くはないわ……。だから……今日、あなたにどうしても話しておきたかったの」


細くなった指が、アゼルの手をそっと包む。


「……アゼル。あなたに、言えなかったことがあるの」


淡々とした声。けれど、その言葉の一つ一つが、胸に突き刺さった。


「あなたを産んだのは、わたしなの。——あなたは、わたしの子よ」


アゼルの瞳が大きく見開かれる。


「……え……?」


「ごめんなさい。本当は、もっと早く言うべきだった。でも……、言えなかった。あなたを身籠った時、わたしには、あなたを守れる力がなかった。神官のシオン様と聖女アリア様が、神殿の子として育てると言ってくださったの」


彼女の目が、どこか遠くを見るように細められる。


「あなたが魔塔に行くように勧めたのも……理由があったの。魔塔は神殿の力が及ばない場所――あのまま神殿にいれば、あなたの父がいつか接触してくるかもしれないと思ったから」


アゼルは、自分の鼓動が速くなるのを感じた。


「……僕の……父?」


マーサは、ゆっくりと頷く。

けれど、その名は語られなかった。


「名前は……今は言えない。でも、あの人は強い魔力を持ち、他人の心を操る危険な存在。神殿にすら影響力を持つ人物よ」


アゼルの記憶の奥がざわめいた。

誰かの視線、誰かの囁きが、無意識に重なっていくような不快な感覚。


「……マーサを、苦しめた人間なんですか」


「……そうね。でも、あのときのわたしは弱かった。助けを求められず、声も上げられなかった。シオン様とアリア様が救ってくださらなかったら、私もあなたも、今この世にはいなかったかもしれない」


アゼルの瞳が揺れる。


「あの二人は、本当の意味で“神のような存在”だった。優しくて、誰よりも強かった。

あなたと同じ年頃の娘もいたの。——ミレイア、という名前だったわ」


その名を聞いた瞬間、時間が止まった。


「……ミレイア?」


「そう。あなたが二歳の頃まで、一緒に遊んでいたのよ。あの子のことが大好きだったわね。いつも後ろをついて歩いて……」


マーサは、目を閉じる。


「けれど、3人は殺されたの。盗賊の仕業だと伝えられたけれど……本当は、違う。あの家族を恐れた誰かが、暗殺したのよ。……私は知っているの。あの男の影が、その背後にあったこと」


アゼルの胸に、静かな怒りが宿る。


「ミレイアは……死んだはず、なんですよね……?」


「ええ、そう聞いていたわ。でも……」


マーサは、ゆっくりとアゼルを見つめた。


「6年前に魔力検査に訪れた“ノクシアのミレイア”という少女。パープルゴールドの髪、濃紺の瞳。両親譲りの強い魔力。あの子と全く同じだった……」


アゼルは言葉を失う。

幼い頃の記憶が、断片となって蘇る。小さな手、小さな声、あたたかい笑顔。


「ミレイアが……?」


「彼女、アゼルが治療を担当しているのよね。きっと……あなたとまた、出会う運命だったのね……」


アゼルは拳を握る。

母から受け継いだ血。自分の中に流れる闇。そして、守りたい光。


「……マーサ。僕は、あの子を守るよ。絶対に誰にも触れさせない。……僕が、全部、背負う」


マーサは、微笑んだ。


「ありがとう。……アゼル。あなたは、わたしの誇りよ」


アゼルは、母の手を静かに握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ