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召喚学

午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴り、ミレイアたちは、少しだけ風通しの悪い西棟の実験室へと移動していた。


「これが、召喚学……」


重い扉を開くと、そこには幾何学模様の描かれた黒板、淡く輝く計測器、見慣れない金属の器具類が所狭しと並ぶ不思議な空間が広がっていた。座席に腰を下ろす生徒たちは、どこか戸惑った表情を浮かべている。


担当教師は、銀縁の眼鏡をかけた細身の女性だった。引き締まった表情に、冷たい雰囲気すら感じられる。


「初めまして。私が召喚学を教える、ドロテア・ゼフィリスです」


淡々と名乗ったあと、彼女は一礼もそこそこに教卓へと視線を落とし、手元の書類に目を通した。


「さて、皆さんの中には、召喚学が“魔法とは異なる無駄な学問”だと認識している方もいるでしょう。しかし、それは誤解です。聖獣や精霊は、実在します。そして――極めて危険です。知っておくべきことが多くあります」


その言葉に、生徒たちがざわついた。


「まずは基礎知識から始めます」


彼女は黒板に数式と構造図を書きながら説明を始めた。


「召喚は、魔力による強制ではなく、“次元共鳴”という理論に基づいて起こる現象です。この式を見てください。波形と係数によって……」


板書を取り始める生徒もいるが、その手はすぐに止まる。内容が難解すぎるのだ。ティナもルイスも、ノートを取るふりをして完全に目が虚ろになっている。


「……???」


「……うぅ……」


教室全体が“理解できてない空気”で満ちていたが――ただ一人、ミレイアだけが、瞳を輝かせていた。


「先生、この式のベクトル調整は、召喚対象の魔力密度とどう関係するんですか?」


「精霊に感応する際の初期波動の基準は一定ですか?」


「書斎で読んだ『召喚結界理論』では、霊力の反響値が必要とあったのですが、これは現行理論とは違うのでしょうか?」


ドロテアは一瞬言葉を失い――目を細めた。


「……ミレイア・ノクシア嬢。……あなた、召喚学は初めてなんですよね?」


「はいっ。でも、ずっと知りたかったので……!」


ミレイアの笑顔に、教師の唇がぴくりと震えた。


「……こんなに前のめりな生徒は、私の授業では初めてです」


その場の全員が、驚きと苦笑の入り混じった視線でミレイアを見つめる中、ドロテア教諭は教科書を閉じ、少しだけ声のトーンを変えた。


「実は、本日、特別な許可を得て、皆さんに“本物”をお見せします」


教室が生徒たちの声で騒がしくなる。


扉を振り返り合図をすると、廊下から白衣姿の男性が2人現れた。どちらも厳重な金属の“かご”を抱えている。


「彼らは魔塔の“召喚生物研究所”の職員。今日は特別に、聖獣と精霊を実際に見せていただきます」


かごのひとつでは、白くふわふわとした猫のような生き物が丸くなっていた。もうひとつのかごには、淡く揺らめく風のような、半透明の小さな球体が浮いている。


「うそ……!本物……!?」


「これ、幻覚じゃないの……?」


生徒たちは目を輝かせて身を乗り出す。ティナは完全に目が覚め、ルイスは「え、ヤバい、やべえ、興奮してきた!」と小声で騒いでいる。


「では、こちらが“クルリ”と呼ばれる聖獣。猫型で、比較的危険性は低く――」


カチャリ。


ドロテアが説明を始めたその瞬間、教室の空気が変わった。


ひとつ、またひとつと、鍵が音を立てて開いた。


「えっ!? 鍵、今開けて――」


白衣の職員が慌てて手を伸ばすが間に合わない。


ふわり、と風が吹いた。


猫型の聖獣クルリが、まっすぐミレイアの机に飛び乗り、ミレイアの顔を数秒見た後、身体をすり寄せて頬を押し当てた。続けて、風の精霊がふわりと舞い、ミレイアの肩にちょこんと乗る。


「わ……!」


ミレイアの瞳が、大きく見開かれた。


「……挨拶、してくれるのね?」


彼女は感動に声を震わせながら、両手でそっとクルリの頭をなでる。風の精霊は頬をすりすりと撫でてくるように揺れた。


「う、うそでしょ……?」

「さっきまで寝てたのに……」

「まさか……懐いてる……?」


騒然とする教室。


ドロテアは額に手を当て、ため息をついた。


「……完全にあなたに懐いてますね。……まあ、暴れなかったのは幸いですが……」


彼女はミレイアと聖獣たちの様子をしばらく見つめ――やがて、静かに微笑んだ。


「ミレイア・ノクシア嬢。……あなたなら、いずれ、自分の聖獣や精霊と“契約”する日が来るでしょうね」


「……!」


ミレイアの胸が、高鳴った。


授業の終わりを告げる鐘が鳴る。時計の針が、今日の授業の終わりを告げていた。


あっという間の一日。

でも、たった一日で――こんなに世界が広がるなんて。


聖獣と精霊を両手に抱えて研究員に渡しながら、ミレイアは小さく笑った。

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