テラスで昼食を
昼食時間。
今日のミレイアたちの食事場所は、王族寮の裏手にあるテラス。
日差しはやわらかく、藤棚の下に風が吹き抜ける気持ちのいい場所だ。
この場所を準備してくれたのはクラリスだった。
「ここなら目立たないし、イザベルたちに煩わされずに済むでしょ? ……これからは、晴れた日はこのテラスでお昼にしましょう」
「賛成ですっ!」
全員が席につき、香ばしいパンとサラダが並んだ籠が運ばれたころ、ふとルイスが首を傾げた。
「そういえば今日は……ユリウス先輩もアデル先輩も来ませんでしたね?」
「うん……」
ミレイアがフォークを持ちつつ、少しだけ視線を落とした。
きっと、ユリウスは、昨日の昼に友人たちと笑い合うミレイアの姿を見て、ひと安心したのかもしれない。
そしてアデルは……
“本気で口説く”って、今朝……!!
ミレイアは慌てて首を振って、考えないようにする。
「そういえばイザベルさん、今日のマナーの授業で、すっごい優雅でしたけど……」
ティナが口元に手を当てる。
「でも、なぜかミレイアさんを指名するのに全力だったわよね」
クラリスが意味深に言うと、ティナとルイスが声を揃えて、
「「完全にやる気満々でしたねあれ!」」
「いや~でも、結果的には最高だったじゃん」
ルイスがパンをちぎりながら言う。
「ミレイアさんの気品に、俺、ちょっと圧倒されてフォーク落としかけたし。落としてないけど、気持ちは落ちたよ」
「どっちの意味?」
「まあでも、どの授業でもミレイアさん大活躍でしたよね〜!」
ティナがほわんと笑って振り返る。
「魔法基礎学で見せた無詠唱の光魔法。歴史学でも先生に褒められて……あ、あとクラリスさんもすごかったです!」
「ふふ、ありがとう。でもミレイアさんには感心したわ」
クラリスが穏やかに笑う隣で、ロイがひとこと。
「正直、無双だったよ。なあ、レオン」
「……ああ」
レオンは返事をして、ミレイアを見つめる。
ミレイアは笑いながら「ありがとう」と返したが、向かい側の――レオンの視線に気づき、ぴくりと手が止まる。
じっと、真っすぐに見ている。
穴があくくらいに。
「魔法も、知識も、気品も。……今日のミレイアは、どこを見ても目を奪われるくらい完璧だった」
「……っ」
「でも、何より――楽しそうに授業を受けている君が、すごく――可愛かった」
「……!??」
一気に体温が上がったミレイアは、動揺を隠すようにパンをつかみ――
指先でパンが、ふるりと震えた。
だめ……魔力……またっ
ミレイアはレオンから目を逸らし、深呼吸する。
「あー、そういえば午後の授業って召喚学ですよね?」
ルイスの発したひと声が空気を変え、ミレイアの魔力の波がしゅんと落ち着いた。
「そう!午前の授業も楽しかったけれど、召喚学、楽しみね!」
ミレイアがウキウキと声を弾ませる。
「そうなの!? わたしは召喚学だけはちんぷんかんぷん。教科書をみたけど、意味不明だった」
ティナがぐったりと肩を落とす。
ルイスが「同じくだよ」と頷く。
「実際、呪文も使わないし、古代語が多いから解釈も難しいのよ」
クラリスが静かに続けた。
「それに、聖獣や精霊って今や絶滅危惧種。扱える魔術師もほとんどいないし、危険な存在でもある。魔法とは別物だし、正直、あまり実用的とは……」
「俺も正直、何を学ぶのかピンとこないな」
ロイが肩をすくめる。
「でも、だからこそ楽しみなの。知らないことを知れるって、ちょっとわくわくする!」
ミレイアが微笑むと、レオンがすかさず呟く。
「そういうところ、ほんと好きだな」
「……!?」
真顔のレオンに見つめられ、ミレイアは慌てて視線を逸らす。
――今日の殿下。どうしちゃったの!?
次の瞬間、ひとつ咳払いして空気を変えたのは、隣にいたロイだった。
「レオン殿下、急にキャラ変するのはやめてください。ついていけません」
「……どこが変だ?」
「全部だよ。今日のレオンは、やけに甘すぎる。急加速にもほどがあるだろ」
ルイスがくくっと吹き出し、ティナも「たしかに、今日は殿下が一番落ち着きなかったかも」と笑う。
クラリスも小さく微笑み、「まあ、たまにはそんな殿下も素敵ですけどね」と茶目っ気のある視線を向ける。
「じゃ、午後の召喚学――そろそろ行こうか」
「召喚学の先生、けっこう怖いって噂ありますよね……!」
ルイスがあわてて残っていたパンをかじり、ティナも慌てて紅茶を飲み干す。
藤棚の下で、にぎやかに笑いながら、彼らは午後の授業へと歩き出していった。




