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魔法歴史学

魔法基礎学の授業が終わり、10分間の休憩を挟んで、次は「魔法歴史学」の授業が始まった。


教室に現れたのは、淡いベージュのローブを纏った細身の中年教師だった。

小柄ながら目の奥には鋭い光が宿っており、生徒たちを一瞥すると口を開く。


「私がこのクラスの魔法歴史学を担当する、ラトワールだ。君たちが扱う“魔法”が、どんな歴史のうえに成り立っているのか……しっかり学ぶことだ」


その声には威圧感というよりも、魔法への深い探求心がにじんでいた。


教師の指示で生徒たちは静かに教科書を開き、魔法文明の起源から現代にいたる変遷へと話が進む。


ミレイアは、再び目を輝かせながらノートを取っていた。

知識が整理されていくこの時間は、彼女にとって格別に心が落ち着く瞬間だった。


途中、ラトワールが不意に教科書を閉じ、生徒たちに視線を巡らせる。


「では質問だ。今ではあまり名を聞かなくなったが……およそ百年前、空間魔法の基礎理論を確立したとされる、北方の魔術師の名を挙げよ」


教室にざわめきが走った。


空間魔法は応用分野の中でも高度な領域であり、その始まりについて知っている生徒は少ない。

周囲が視線を交わしあう中、ミレイアがすっと手を上げた。


「ノクシア侯爵令嬢、ミレイア・ノクシアか。答えてみよ」


「はい。

百年前、ラルヴェル王国で活動していた魔術師、ネメア・ヴァロアです。

空間座標を定点に固定する“転位安定式”を世界で初めて提唱し、現代の空間魔法理論に多大な影響を与えました。

当時は『幻想を語る夢追い人』と揶揄されましたが、彼の理論に基づいた“簡易ゲート展開術”が後年証明されたことで、再評価されています」


一拍の沈黙のあと――


「……まさか、そこまで知っているとは」


教師の眼鏡の奥の目がわずかに見開かれる。


「その通りだ。空間魔法に関心を持つ者でも、ネメアの名を即答できる生徒はなかなかいない。君は、どこでその名を?」


「父の書斎にあった、初版の魔術論文集で読んだことがあります。

ネメアが描いた初期の魔方陣には、実用化されていない術式も多かったので興味深くて……」


ラトワールがゆっくりと頷いた。


「見事な答えだった。……そのまま王立魔法技術研究院へ進めば、間違いなく一流の研究者になれるだろう」


「……ありがとうございます。でも、私は今、先生の授業の方が楽しいです」


またしても微笑んでそう答えるミレイアに、教師は口元を緩めながらも軽く咳払いをして話を切り替えた。


「ふむ。では次の話題に移るとしよう。実際にネメアの理論がどのように空間魔法の実用化へと繋がったか、その背景を説明する」


授業は再び穏やかに進んでいく。


ミレイアの頭の中には、先ほどの話題に関する思考の断片がいくつも浮かび上がっていた。

それは単なる知識の吸収ではなく、過去の魔術師たちへの尊敬と探究心が織りなす、心からの「学び」だった。


そして何より――

彼女のそんな姿を、こっそり見つめる視線が、教室のあちこちにあったことを、ミレイアはまだ知らない。

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