魔法基礎学
朝のチャイムが鳴り終わると同時に、教室の扉が勢いよく開いた。
「全員、着席! 今日から授業を始める!」
声の主は、担任でもあり魔法基礎学を担当するアデラン教諭。
「魔法の基礎をここで叩き直す。才能も血筋も関係ない。手を抜くものには容姿せん。さあ、教科書を開け!」
生徒たちがざわつきながら本を開く中、ミレイアはひとり静かに、しかし胸を弾ませていた。今日から正式に、学園で魔法を学べる――それが嬉しくて仕方ないのだ。
教科書のこの章……もう十回は読んだけど、それでも……!
口元には抑えきれない微笑が浮かぶ。
アデランは黒板にいくつかの魔法陣を書きながら、属性の基本や詠唱の理論について話し始めた。それは、魔力を扱える者なら幼少期に習うような初歩的な内容だったが、ミレイアは真剣にメモを取り、時折小さく頷く。
授業って、なんて楽しいの……
そんなミレイアの様子を、隣の席のティナが面白そうに覗き込んだ。
「ミレイアさんって、ほんとに魔法が好きなんですね!」
「うん。知れば知るほど、奥深くて……。でも、こんなに楽しいの、久しぶり」
授業時間の半分が過ぎた頃、アデランが手を叩いて声を上げた。
「さて、グループワークの時間だ。近くの生徒と4人で組を作って、使える属性を確認し、簡単な魔法を見せ合え。教室を壊すような真似はするなよ!」
生徒たちはわいわいとグループを作り、それぞれに魔法の準備をし始めた。ミレイアのグループは自然と、ティナ、ルイス、セドリックの4人組になった。
青い髪を綺麗に整えた男爵令息――セドリック・グレアムは、論文で数多くの賞をとっている天才だが、10歳のときにミレイアが書いた論文を読んで以来、ずっと意識して生きてきた。緊張した様子でミレイアに視線を向けている。
「よ、よろしくお願いします。ぼ、僕……セ、セドリックと申します。こ、光栄です、ミ、ミレイアさんとご一緒できて」
「わたしこそ。よろしくね、セドリックさん」
ミレイアが柔らかく微笑むと、セドリックの耳が赤く染まった。
机を軽く寄せ合いながら、ルイスが勢いよく声を上げた。
「じゃあ、僕からやっていいですか?」
「ええ。お願いします」
ミレイアに頷かれたルイスは、ぱっと顔を輝かせて立ち上がる。明るい茶色の髪が光を受けて揺れた。
「見ててください、ミレイアさん!」
ルイスは指先を軽くはじくと、術式を唱える。
「我が指先に灯れ、炎のひとしずく《フレア・リット》! 風よ、踊れ。ひと吹きの渦となれ《スウィフト・ブリーズ》!
そこから小さな炎が生まれた。その炎に風の魔力をまとわせて、くるくると空中に浮かべ、やがてシュッと吹き消す。
「風で炎を動かすの、最近練習してるんです。……あ、すみません、調子に乗って」
「すごい。火と風、両方扱えるのね。とっても綺麗だったわ」
「っ……えへへっ、よかった……!」
ルイスはもじもじと座りなおす。
「次は……私ね!」
ティナが自信満々に立ち、水の魔法を展開した。
「澄みし流れよ、空に浮かべ《アクア・スフィア》!」
手のひらの上にふわりと浮かぶ透明な水の玉。しばらく浮かべて遊ばせた後、くるりと回してルイスのほうへ。
「弾けて飛べ、《アクア・シュート》!」
「うわっ、ちょ、ちょっと! ティナ!」
水を打ち付けられそうになったルイスが、とっさに術式を唱える。
「風よ、舞え!《ウィンド・シールド》!」
水の玉は空中で吹き飛び、窓際にある花の鉢にかかった。
「制服が濡れるところだったじゃないか!何すんだよ!」
「ふふっ、ちゃんと避けられるならいいじゃない」
「ふざけんな」
言い合う声が響く中、2人の間に急に冷たい空気が漂った。
セドリックが氷魔法を発動し、即席の壁を作ったのだ。
「喧嘩は、よくないと思います」
頭が冷えて反省したティナがルイスに謝っている。
「――セドリックさん、ありがとう」
ミレイアが微笑みかけると、セドリックの肩がぴくんと震えた。
「い、いえっ! 僕はその……そ、そんな、当たり前のことをっ……!」
焦る彼を見て、ティナとルイスが思わず笑いを漏らす。
「あれ、セドリック、顔、りんごみたいになってるわよ」
「うっ……!」
「じゃあ、次は私ね」
ミレイアがゆっくりと立ち上がる。
「なるべく、やさしい魔法にするね」
ミレイアは一瞬だけ目を閉じ、静かに手を掲げた。
すると、空間に無数の光の粒が浮かび上がり、星屑のように瞬いた。淡くやさしい光が教室中を包み、意志を持つように生徒たちの周囲をくるくると舞いながら、やがてキラキラと余韻を残して消えていった。
「……わぁ……」
「き、きれい……」
「無詠唱で、これだけの数の光を……!」
教室全体が息をのむ。離れた場所で授業を受けていたレオン、クラリス、ロイの3人も思わず顔を上げ、呆然とした表情で見つめていた。
「おい、あれ……」
「……やっぱり、ちょっとやりすぎた……?」
ミレイアが申し訳なさそうに口元を押さえた瞬間、アデランが前の席から立ち上がって拍手した。
「素晴らしい! 素晴らしいぞミレイア・ノクシア! もはや私が教えることなど何もない! すぐにでも魔塔の研究員になりなさい!」
「いえっ、いやです!」
ミレイアは勢いよく首を振った。
「わたしは、みんなと一緒に……アデラン先生の授業を受けたいんです!」
一瞬の静寂の後、教室中から小さな歓声と拍手が起こった。アデランは鼻をこすりながら、小さく笑った。
「……ふん、よかろう。ならば、どこまでも突き詰めてもらうぞ、魔法の奥深さを!」




