2回目の人生
日記はそこで一度途切れていたーー
誰かが息を呑む音が聞こえる。
ミレイアは胸のざわめきを抑えようと深呼吸をする。
マーサが作った焼き菓子を口に入れると、甘い香りが広がり少し心を落ち着けることができた。
隣に座るアゼルは、目を伏せている。
「日記はそれで終わりかい?」
ユキアが尋ねる。
「初代聖女ミレナの日記は、ここまでです。後に続いているのは……2回目の人生の日記みたいです……」
「……即位後1週間で命を落とした国王レオナル……。有名な史実だね。初代聖女の想い人だったとは……。ミレイアは、彼にレオン殿下を重ねているのかい?顔色が悪いが……大丈夫?もう、読むのはやめておく?」
ミレイアは首を横に振る。
「ちょっとびっくりしただけです。ミレナがレオナル殿下に告白された時の言葉が、わたしがレオンに告白された時の言葉と同じだったから……。それに、馬車の転落の件も……」
身震いした体を自ら抱きしめるように押さえて、ミレイアは紅茶を飲んだ。
「大丈夫。続きを読みますね」
ーー
レガリア暦423年12月25日
わたし聖女ミレーユが、自分自身のためにこの日記を残す。
17歳の誕生日を迎えた昨日。この日記帳を母から託された。ようやく手元に戻ってきた懐かしい日記帳……。
まさか自分が、前世の記憶を持ったま2回目の人生を迎えることになるなんて、あの頃は考えてもいなかった。
こんなこと、誰にも話せないけど……。
ミレナが亡くなってからおよそ90年。
今世では曾祖母にあたる前世の娘のユウナは、先日100歳の大往生で息を引き取った。
魔力を使いすぎないこと、よく寝てよく食べること……死ぬ前に言い聞かせたことをちゃんと守ってくれた。
生まれた時、薄紫色の光を放っていたわたしを見てユウナは、母と同じ光だと喜んでくれた。
今世は数日で光が消えたけれど、人を助けたいと強く思った時、助けを求める人を見つけ出す時、あの薄紫の光が一時的に復活する。
持っている力は変わらないのに、常に体から光を発していないだけで、こんなにも生きやすいのね。
ーー
レガリア暦426年3月25日
レオナル亡き後の王族は、ずいぶん様変わりしてしまった。国民を第一に考え、愛されていたのは過去の話だ。
昨年即位した国王陛下カルファルは、好戦的で、近隣国をけしかけては戦争を引き起こしている。
王太子時代、何度か、戦地で怪我をしたカルファル殿下に治癒魔法を施したことがある。
出会ったころのレオナルと同じ立場の彼を見て、一瞬レオナルの生まれ変わりなのではないかと思った。
だけど……絶対違う。
わたしが助けていた瀕死状態の平民を蹴り飛ばし、先に自分の治療をしろと命令してきた。
前を横切った子供や、頭を下げなかった青年を、わたしの目の前で騎士に処刑させた。
既に結婚しているのに、わたしを自分のものにしようと関係を迫ってきた。なんとか自力で切り抜けたけれど……
傲慢で人を思い通りにしようとするあの人が、レオナルと同じ魂を持つ人間であるわけがない。
ーー
レガリア暦426年4月30日
戦地のテントで、再びカルファル陛下が関係を迫ってきた。周りを取り囲む騎士たちは、何も言わずに見ているだけだった。
ーー諦めかけた時。戦地を視察中だった彼が、助けにきてくれた。陛下に歯向かうことで不敬罪になる可能性もあったのに……。"ミレーユに手を出すな!"って叫んで、一緒に逃げてくれた。
アゼリオ……。
膨大な魔力と魔法の才能を持ち、若くして魔塔主になった彼。
いつもわたしを連れて、転移魔法で遠くの被災地に飛んでくれる。
魔力を使いすぎてはダメと頭ではわかっていながらも、つい限界まで使ってしまうわたしを叱り、自分の魔力を分け与えてくれる。
甘くて、優しくて、切ない魔力。
わたしの中にある彼の存在が、日に日に大きくなっているのを感じる。
ーー
レガリア暦426年5月15日
神殿と魔塔の対立は、前世の時代からあったけれど、最近はますます激化している。
神殿は本来、すべての人々の悩みを聞き、検査や治療を行い、神に祈りを捧げる場であったはずなのに、今の神官たちは、常に寄付金の多い貴族を優先とし、国王陛下を神同様に崇めている。
魔塔の魔術師たちは、それを危惧して反発している。国の許可を得ずに魔法による実験を繰り返し、勝手に戦地に赴いては、身分の違いも、敵味方も関係なく救出活動を行っている。
わたしは神殿の聖女。
アゼリオは魔塔主。
きっと結ばれることはない……
ーー
レガリア暦426年10月15日
アゼリオに告白された。
"僕は今までみたいな曖昧な関係で終わらせたくない。これからは――本気で、口説くから"
そして、抱きしめられた。
熱くて、甘くて、苦しくて……大切な人。
アゼリオが好き。
ーー
レガリア暦427年2月15日
神官たちに、アゼリオとこっそり会っていることがバレてしまった。
聖女が野蛮な魔塔と関わることは許されないと諭された。
そして、二度と会わない約束をさせられ、外から鍵のかかる部屋に閉じ込められている。
アゼリオが野蛮?
彼らは何もわかっていない。最低だ。
だけど、それに逆らえなかったわたしが1番最低。
ーー
レガリア暦427年2月17日
閉じ込められて3日目。アゼリオが転移魔法で会いにきてくれた。
すべてを捨てて一緒に逃げようって言ってくれた。
わたしは、初めて前世の記憶のことを話した。本当に愛した人を諦めるしかなかった記憶のことを……。
アゼリオは、それを信じてくれたし、わたしの気持ちを理解してくれた。そして、僕だったらどこにでも連れていけると、肩を抱き寄せキスをした。
わたしは、頷いた。




