交渉
レオンたちが公邸に到着してから3時間後。ーーようやく応接室の扉が開き、アレキサンダス帝国の皇太子と外務大臣が姿を見せた。
「待たせたね。皇太子のヨウィエル・アルシェイタだ」
ヨウィエルは涼しげな水色の瞳で室内を見回し、気安く片手を上げる。
プラチナブロンドの髪を無造作に流し、首元にじゃらじゃらとアクセサリーをつけた、軽い雰囲気の男だった。
外務大臣のソトシンは、旧友のブリックに一瞬目配せした後、穏やかに一礼した。
「ソトシン・ザルティアです。本日は率直に話し合えると幸いです」
レオンは深く頭を下げ、丁寧な帝国語で挨拶をした。
「レガリア王国王太子、レオン・エルヴィス・レガリアでございます。本日はお時間を頂き、感謝いたします」
宰相のソウダインと文官長ブリックも続けて丁重な挨拶をする。
ヨウィエルは気取らない笑みを浮かべ、3人を椅子に座らせた。
「皆さん帝国語がお上手だ。レオン王子のことは、ずっと噂には聞いていたが……会うのは初めてだな。同い年だし、立場も近い。気楽に話そう」
「はい。よろしくお願いします」
「さて──単刀直入に聞くよ。レガリア国王陛下は、どうして我が国に戦線布告の書面なんて送ってきた?そして、何故すぐに取り下げた?」
テーブルに肘をつき、レオンをまっすぐ見たヨウィエルが、淡々とした口調で問いかける。
「それにさ……昨晩、国境の町が君たちの兵に占拠されたという報告があった。『建物の崩壊、多数の怪我人あり』ともね。けれど今朝見に行ったら、そんな痕跡はひとつもなかった。兵は『王命の手違い』を主張し、既に撤退した後だった。──この食い違いの理由を説明してほしい」
重い問いかけに、レオンは姿勢を正して答えた。
「……信じていただけるかわからないのですが、事実をお話しします。
王宮では、多くの者が“精神魔法”によって操られていました。国王陛下も、例外ではありません……」
レオンが、レガリアの現状を出来る限り詳細に説明する。
国境の町の被害が消えていたことについては、自分たちも確認したが、混乱が生じていたため誤った報告がなされたのだろう……と誤魔化すことしか出来なかったが……。
室内がしばし静まり返る。
続けてソウダインが口を開く。
「私も……操られていた一人です。自分の意志とは違う発言をし、気づけば悪夢の中に閉じ込められたような感覚でした。今は術が解けていますが、その間の記憶は断片的にしか……」
ソトシンが驚きと複雑さの混じった表情で友人のブリックを見る。
「ブリック。なぜ……なぜ相談してくれなかった?」
ブリックは眉を下げ、悔いるように首を振った。
「確信がなかった。そもそも王宮内の多くが精神魔法に操られているなど、言ったところで信じてもらえないと思った……。それに、誰が敵かも未だわからなくて……」
ヨウィエルはしばらく黙って聞いていた。
やがて、指先でテーブルを一度だけ軽く叩き、口を開いた。
「精神魔法──存在は知っているよ。古い文献で読んだことがある。
暗示を掛けるには対象者の“心の隙”が必要で、幾度も接触して継続的に魔力を重ねる必要がある。術者は恐らく、王宮に頻繁に出入りできる人物だな。
それに、たとえ暗示状態になっても、理性を失うだけで潜在意識は残るらしい。つまり……」
ゆっくりと、レオンへ視線を向ける。
「レガリア国王陛下が一時的とはいえ帝国を攻めようとしたのは、心の奥底に“領土を広げたい”という欲があったんじゃないのか?」
レオンの目が揺れる。
ヨウィエルは続ける。
「犯人も、目的も、まだ不明。そんな段階で“正気に戻ったから信じてくれ”っていうのは……少し都合がよすぎると思わない?」
軽薄な笑顔に隠れていた“帝国皇太子”の冷静な威圧感が露わになる。
レオンはまっすぐ顔を上げた。
「……おっしゃる通りです。ですが、私は断言いたします。レガリアは帝国に敵対する意思を持ちません。私は、このようなことが二度と起こらないよう、王宮の監視体制を整え、精神魔法の使い手の特定と排除に責任を持って取り組みます」
ヨウィエルはじっとレオンを観察する。
「これからのことは君を信じるしかないが、今回の責任はどうとる?
すぐに撤退したとはいえ、あれは国際問題だよ」
レオンは深く息を吸い込み、答える。
「覚悟しています。そのために参りました。
賠償として、我が国からは“黒魔石”の提供を考えております」
ヨウィエルは一瞬だけ「へえ」と眉を上げ、椅子にもたれかかった。
「黒魔石か。……正直、それは魅力的だね。帝国でも高品質のものはなかなか手に入らないし」
軽い口調だが、真剣に価値を測っている目つきだ。
ソトシンが静かに補足する。
「ですが、今回の件は軍の移動を伴い、周辺地域に不安を生じさせました。被害がなかったとはいえ、帝国の威信が揺らいだのも事実。その“損失”をどう評価するかが問題です」
レオンは深くうなずいた。
「我々としては、黒魔石の継続的な供給契約を結ぶことで、誠意を示したいと思っています。年ごとの数量は、帝国側の要求を伺った上で調整したい」
ヨウィエルはレオンの言葉を聞き終えると、組んでいた腕をほどき、体を前に倒した。
水色の瞳が、真っ直ぐレオンをとらえる。
「……ねえ、レオン王子。俺もレガリア王国とは敵対したくないんだ。こちらの条件も聞いてほしい。なに、そんなに難しいことではないよ……条件は3つある」
レオンは静かに頷いた。




