22 通信
部屋に戻ったミレイアが、読みかけの本を開こうとしたそのとき――
「ポロロン…♩」
透きとおるような音色が、静かに空気を震わせた。
ミレイアは窓辺の机の上に置いてある"通信魔道具"に目を向ける。
淡い光を帯びた球体が、優雅に音を繰り返している。
通信魔道具は、今や貴族階級の必需品とも言えるほど普及している。
これを開発したのは、他でもないミレイア自身だった。
3年前、独自に編み出した魔法構造式により、誰でも簡単に、遠くにいる相手と会話ができる魔道具を完成させた。
それまでは、数人の魔術師が大掛かりな魔法陣を描き、膨大な魔力を飛ばして通信するしかなかったことを考えると、まさに画期的な発明だった。
今では、平民たちの中でも購入する者が増え、ミレイアが代表を務める"ノクシア商会"の主力製品として広く知れ渡っている。
「お母さまたちかしら」
ミレイアが手をかざすと、ふわりと淡い光が浮かび上がり、両親の顔が映し出された。
『ミレイア! 無事に学園についたのね……』
母が真っ先に口を開き、父がそれに続いた。
『寮の設備に不便はないか? 学園で変な連中に絡まれなかったか?』
『ちゃんとご飯は食べてるの? 部屋は寒くない?』
次々と飛んでくる心配の言葉に、 ミレイアは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫よ。ご飯は美味しいし、部屋もとっても快適だわ」
入学式の出来事も包み隠さずに話した。
新入生挨拶の後におきた魔力暴走……。アゼルが助けてくれたことも……。
「でも誰も怪我しなかったし、大事にはならなかったの。心配しないで」
『アゼルがいてくれて良かったな』
父母が、顔を見合わせている。
『ユリウスも、心配してわざわざ教室まで来てくれたの。領地のみんなに会いたいって言ってたわ』
映像の中の父がコクコクと頷く。
「……それなら……大丈夫そうだな」
『それにね、クラスのみんなとも仲良くなれそう』
ミレイアは、クラリスやティナ、ルイスやロイ、今日声をかけてくれたクラスメイトのことを嬉しそうに話す。
その瞳は、輝いていた。
「王太子殿下とも再会したの。10歳の時に話して以来だったけど……気まずくはならなかったわ。これからは、友人になれるかもしれない」
父の顔がわずかに曇る。
『そうか。お前が楽しそうなら、それでいいんだ。……でもやっぱり寂しいな。早く家に帰ってきてくれたらいいのに……』
「ふふっ……。今日家を出たばかりでしょ……」
少し間をおいて別の顔が映り込んだ。
『お嬢様、わたくしのこともお忘れなく』
渋い低音の声を響かせたのはケインだった。
ミレイアが生まれる前からノクシア家に仕えている、信頼の厚い執事。
ミレイアがノクシア商会を立ち上げた際に、共に奔走してくれた恩人でもある。
『事業のほうは順調です。通信魔道具の改良型もよく売れておりますし、今期発売の魔導織布も想定予約数を超えました。あとは……お嬢様が商会に顔を出してくだされば万事解決かと』
「それはすぐには無理ね。明日から学園生活が本格的に始まるんだもの」
『ええ……ええ、分かっておりますとも。ただ、お嬢様が長い間帰って来られないと聞いて、皆、寂しがっております』
その言葉を聞いて、夕食を運んできた侍女ノエルが、呆れたように眉を下げた。
「まったくです、お嬢様。……転移魔法が使えるんだから、いつでも帰れるんでしょう?週末ごとに顔をだして差し上げればいいじゃないですか」
「だけど……学園で学びたいことがたくさんあるの。よっぽどのことがなければ、長期休暇まで戻るつもりはないわ」
「はぁ……」
ノエルがため息をつくと、通信機越しに母も少し口をとがらせた。
『一度決めたら曲げないところ、小さい頃から変わらないわね』
父もどこか諦めたように肩を落とす。
『……でも、無理はするなよ。時々連絡はしてくれ。異性とは……なるべく距離を取るんだぞ』
「分かってるわ……大丈夫よ。また連絡するね」
ミレイアはニコリと笑って手を振った。
やがて通信魔道具の光がふわりと消えていった。
部屋に戻る静寂――
けれど、胸の奥にはほんのりあたたかさが残っている。
窓の外では、夕暮れの光が学園の尖塔を赤く染めていた。




