20 火種のレストラン
開放感のある広いレストランには、既に多くの生徒たちが集まっていた。
クラリスは、すぐに中央の8人掛けテーブルを確保すると、席順で揉める前に、独断で席を割り振った。
ミレイアの左隣にはティナ、右隣にクラリス、その隣にロイ、ミレイアの真正面にはレオン、ティナの前にルイスが座って、クラリスの前にはユリウスが座った。
アゼルは、最後にロイの向かいの席に座った。ミレイアの近くに座れなくて不服そうだが、仕方がない。
ミレイアは慣れない状況に緊張しつつも、昼食を楽しんでいた。
学園のシェフが作った料理はどれも美味しくて、自然と笑顔になる。
ルイスが嬉しそうに話題をふって、ティナがツッコミを入れ、クラリスとロイが会話を和ませてくれる。
ユリウスが、ノクシア領の思い出や、家族といる時のミレイアの話をすると、みんなは興味津々だったが、ミレイアは顔を隠して恥ずかしがった。
食事中は、レオンとアゼルが言い争うこともなく、穏やかな時間を過ごしていた。
――
ミレイアの緊張が解けてきたころ。
ヒールの音がゆっくりと近づいて来て、空気がぴんと張りつめた。
「ふふ……なんだか、楽しそうなテーブルね」
振り返ると、艶やかなローズウッドの髪をゆるく巻いた美しい令嬢……イザベル・イグニッツが、3人の取り巻きに囲まれて立っていた。
品のある微笑みを浮かべながら、まっすぐにミレイアを見つめるその瞳には、冷たい光が宿っている。
「夢幻の女神さまって、あなたのことよね? 本当に、幻想的でうっとりするわ。これほど社交的な方だったなんて、想像を超えていて……ああ、学園という場所は、やはり不思議なところね」
丁寧な言葉ではあるが、声の温度は妙に低い。
ミレイアは言葉の裏にある敵意には気づいてない。
「ありがとうございます! 同じクラスのイザベルさんですよね! これから仲良くしてください」
その素直な笑顔に、イザベルの表情がわずかに揺れた。
「……あら、仲良くしてくださるの? 社交界にも顔を出さないほど忙しい方なのに?」
取り巻きの一人がくすっと笑い声を漏らす。
クラリスの眉がピクリと動いた。
「それに、レオン殿下とも懇意のご様子で。……以前から、お知り合いだったのかしら?」
視線をレオンへと移し、わざと親しげな口調で語りかける。
「……お久しぶりね、レオン。まさか、こんな形で再会するなんて思わなかったわ」
レオンはイザベルをチラリと見たが、何も言わずに視線を逸らした。
その冷ややかな態度に、イザベルの隙のない微笑みが一瞬歪んだ。
すると彼女は、ミレイアの側にゆっくりと近づき……レオンに聞こえないように、耳元で囁いた。
「レオンと私は、夜を共にする関係だったの。……激しく、愛し合っていたわ」
その瞬間、ミレイアの目がぱちぱちと瞬いた。
意味を飲み込むよりも早く、イザベルは身を引いた。
「では、また。……レオン、皆さま、ごきげんよう」
優雅に振り返り、取り巻きと共に去っていく彼女に、誰も言葉を返さなかった。
レオンの眉間には、いつの間にか深い皺が刻まれている。
ミレイアの胸の奥がちくりと痛んだ。
理由はわからない。
ただ、何かが引っかかって、呼吸が浅くなる。
――その瞬間。
ナプキンの端が、ぱちりと火を噴いた。
「あっ……!」
慌てて、自らの水魔法で消し止める。
大事には至らなかったが、テーブルを囲む一同はその瞬間を見逃さなかった。
「あの……、びっくりさせてごめんなさい。最近はだいぶ抑えられてたんだけど……」
ミレイアは気まずそうに畳んだナプキンを背中に隠した。
「入学式で起きた突風も、実は……わたしの魔力のせいだったの」
「そうだったんだ……!」
ルイスとティナが目を丸くしている。
ミレイアは、小さい頃から強すぎる魔力があふれて暴走してしまうことがあること。それが原因で、今まで社交界にでることを避けていたことを丁寧に伝えた。
恋愛が引き金になると言われたことだけを伏せて……。
「やっぱりな」
レオンがぽつりと呟いた。
クラリスも頷いている。
「実は、そうじゃないかと思っていたの」
ティナは、
「完璧なミレイア師匠が、そんな悩みを抱えていたなんて! ますます惚れ直しました」
と斜め上の意見を言い、
ユリウスは、
「危ない時にはいつでも駆けつけます。俺が女神さまをお守りします!」
と意気込む。
そして、アゼルは黙って目を伏せていた。
なぜ火が出たのか──それが“嫉妬”という心の暴走だったことを、彼だけが知っていた。




