夢幻の女神の噂
「ねえ、知ってる? 今年の新入生に“夢幻の女神様”がいるんだって」
「まあ、すごい異名ね〜。どうせ顔だけなんでしょ?」
「違うってば。“ノクシア領の薄紫の奇跡”って呼ばれてた子だよ?」
「え、それ聞いたことある……5年前の大洪水のとき、村をまるごと助けたってやつ?」
「そう! 氷と土の魔法で土砂を止めて、風魔法で負傷者を運んで、光魔法で治療までしたんだって。一人で全部!同時に!」
「は? それ、ベテランの魔術師でも無理じゃない?」
「でも目撃者がいるの。“紫の光が舞ってた”とか、“月明かりみたいにきらめいてた”とか……」
「えー……本当にそんな子いるの? どうせ作り話よ、都市伝説ってやつ」
「違うってば! 去年の王都の火災の時も現れて、炎を一瞬で鎮めて、落ちそうだった子を浮遊魔法で助けたって——」
「それも聞いた! “光の羽に包まれてふわっと舞い上がった”とか言ってた子がいた! 泣きながら!」
「……それが事実なら、逆に怖くない?」
「淡いパープルブロンドの髪と、濃紺の瞳は本当に幻みたいなんだって」
「存在しない説もあるよね。あまりに完璧すぎるし、見た人がほとんどいないから」
「さすがに噂は誇張されてるんじゃない?」
「……ねぇ、ちょっと静かにしてくれる?」
「……え、ユリウス•セリオン様!?」
「“夢幻の女神”の名を軽々しく語るな。神聖な存在を茶化すなんて、失礼にもほどがある」
「えぇぇ……、まさか信じてるんですか?」
「信じてるんじゃない。敬ってるんだ。……俺は、あの方に命を救われた人間だからな」
「えっ!? 本当ですか!?」
「5年前、あの洪水のとき、俺の家が……ああ、いい。今は話すつもりはない。女神さまは絶対的な存在なんだ」
「うわ、崇拝してる……本気で……」
「……でもさ、本当に来るのかな、そんな伝説級の人。現実感なさすぎて、実在する方がびっくりだよ」
「今日入学式だし、もしかしたら見られるかもよ?」
「やば、心の準備……」
ごとん、と石畳を踏む車輪の音。
皆が一斉に振り向く。
風がふわりと流れ、光が舞ったように感じた。




