夢幻の女神の噂
「ねえ、知ってる? 今年の新入生に“夢幻の女神”がいるって」
「はいはい、すごい異名の美人令嬢なのね〜。どうせまた顔だけなんでしょ?」
「違うってば、今度の子は本物。“ノクシア領の薄紫の奇跡”って呼ばれてた子だよ?」
「え、それ聞いたことある……3年前の洪水のとき、村まるごと助けたってやつ?」
「そう! 氷と土の魔法で土砂を止めて、風魔法で負傷者を運んで、一人で全部! 同時に!」
「は? それ、魔導騎士団のエースでも無理じゃない?」
「でも目撃者がいるの。“紫の光が舞ってた”とか、“髪が月明かりみたいにきらめいてた”とか……」
「えー……それ、幻想を見たんじゃない? ていうか本当にそんな子いるの? どうせ作り話よ、都市伝説ってやつ」
「違うってば! 去年の王都の火災の時も現れて、炎を一瞬で鎮めて、落ちそうだった子を光魔法で助けたって——」
「それも聞いた! “光の羽に包まれてふわっと舞い上がった”とか言ってた子がいた! 泣きながら!」
「……それが事実なら、逆に怖くない?」
「だ・か・ら! それで“薄紫の奇跡”って呼ばれてたのが、いつの間にか“夢幻の女神”になったんだってば」
「存在しない説も出てたもんね。あまりに完璧すぎて、見た人がほとんどいないから」
「社交界にも出てないし、姿を見たって人は限られてる。
でもその淡いパープルブロンドの髪と、濃紺の瞳は本当に幻みたいだったって」
「……ねぇ、ちょっと静かにしてくれる?」
「……あ、ユリウス•セリオン先輩!?」
「“夢幻の女神”の名を軽々しく語るな。神聖な存在を茶化すなんて、失礼にもほどがある」
「えぇぇ……先輩、まさか信じてるんですか?」
「信じてるんじゃない。敬ってるんだ。……俺は、あの方に命を救われた人間だからな」
「えっ!? 本当ですか!?」
「三年前、あの洪水のとき、俺の家のすぐ近くが……ああ、いい。今は話すつもりはない」
「うわ、崇拝してる……本気で……」
「……でもさ、本当に来るのかな、そんな伝説級の人。現実感なさすぎて、実在する方がびっくりだよ」
「今日入学式だし、もしかしたら見られるかもよ?」
「やば、心の準備……」
ごとん、と石畳を踏む車輪の音。
皆が一斉に振り向く。
風がふわりと流れ、光が舞ったように感じた。