パミルの部屋
「見て見て!これがわたしの部屋よ!!」
就寝の準備を終えたパミルとハンスが、入浴後のミレイアの手を引いて連れてきたのはパミルの部屋だった。
「思ってた以上ね……」
部屋を見回したミレイアが苦笑いをする。
淡い色調の壁に飾られているのは、等身大のミレイアのタペストリーや瞬間記録機の画像が入ったたくさんの額。大きな棚には、ミレイアの姿が浮かび上がる水晶や、キーホルダーが飾られ、他にもミレイアをキャラクター化した数々のグッズが並んでいる。魔導演舞の時の衣装を着た着せ替え人形まである。
「うわー、すげー!なんでミレイアがグッズになってんの?どうして姉ちゃんが持ってるの?どうやったらもらえるの?」
興奮して矢継ぎ早に質問をするハンスに、パミルは自慢げに応える。
「貯めていたお小遣いで買ったのよ。ルーエ商会で売っているの。発売するとすぐ完売しちゃうから、集めるの大変だったんだから!」
「えー、いいなー」
「あ!ちょっと触らないで」
着せ替え人形を脱がせ始めたハンスに、パミルが怒る。
「ちぇっ。……いいよ、今は本物がいるから」
ハンスは、柔らかい寝巻用のドレスに着替えたミレイアの胸に飛び込む。
「うわっ、ふわふわだ」
「ふふっ。お気に入りの寝巻なのよ。念の為にポシェットに入れてあったの」
「素敵!わたしもいつかそういう服が似合う大人になりたいな」
「今でも似合うと思うけど……」
パミルとミレイアの会話を、ハンスは柔らかい胸に顔を埋めたまま聞いていたが、やがて、うとうとし始めた。
「あら?」
気持ち良さそうな寝顔を見たミレイアは、起こさないようにパミルのベッドにハンスを寝かせた。
「勝手にベッドに寝かせてごめんね。大丈夫?」
「大丈夫よ。お母さまが後で迎えにくるから、寝かせておいて」
パミルは可愛い弟の寝顔を見て微笑む。
クリーム色のソファに並んで腰掛ける。ミレイアは、ソファテーブルの上にポシェットからティーセットを取り出し、魔導ポットでハーブティーを入れ始めた。
「どうぞ。寝る前にいつも飲んでいるハーブティーなの。口に合うといいけど……」
「わあ、そんなものまで出てくるの? お姉ちゃんが入れたハーブティーが飲めるなんて、嬉しすぎるわ」
パミルはカップに口をつけて幸せそうに笑う。
「それにしても、ハンスがあんなに甘えん坊になるの、始めて見たわ。ミレイアお姉ちゃんと本気で結婚する気でいるし……。ハンスが大きくなるころには、とっくに結婚しているのにね」
ミレイアは頷いて、パミルに問いかける。
「パミルは婚約者のこと、どう思ってるの?」
「アルヴィンのこと?はっきり言うと今のままだと一緒にはいたくない。洗脳されて、母親の言いなりになってて……。だけどこの前、少しだけ本当のアルヴィンが見えたの。国王になりたくないって、お兄さんと仲良くしたいし友達も欲しいって泣いてた……。あのアルヴィンに戻るなら、友達ぐらいにならなってあげてもいいかなーなんて。だけど、政略結婚なんてわたしの気持ちだけじゃどうにもならないもの。わがままを言って困らせるほど子供じゃないわ」
「そう……。アルヴィン殿下が本当は国王になりたくないと言っていたなら、精神魔法の洗脳を解けば味方になってくれるかもしれないわね……。どこに敵がいるからわからないから、慎重にやる必要があるけど……」
「うん。わたしもそう思ってた。ミレイアお姉ちゃん、アルヴィンも、王宮の人たちも助けようね。ーーそれより、お姉ちゃんの恋バナ聞かせて!レオン殿下と付き合っているんでしょ?アゼルさんともいい感じだったし……」
ミレイアが照れながら、パミルの質問に答えていると、ララベルが扉をノックして入ってきた。
「パミル、そろそろ寝る時間よ。あ、ハンスは眠っちゃったのね」
ララベルは、ベッドに近づきハンスを軽々と持ち上げる。
「ミレイアさん、客室に案内するわ」
名残惜しそうなパミルに手を振って部屋を出た。
「客室はハンスの部屋の隣の部屋なの」
ミレイアが案内された部屋はシンプルだけど上質な家具が並んだ居心地のいい部屋だった。
ベッドに横になったミレイアは、今日一日の出来事を思い返す。
ノエルと森に転移したこと。曾祖父母とマーサとの再会。
パミルとの出会い、アルスから聞かされた断罪計画。
森の聖獣の魔物化、白龍との戦い、精霊たちの浄化……。
そして、アゼルの魔力切れ。
パミルとハンスと笑い合って遊んだひと時。
すべての不穏な流れを、必ずなんとかすると誓ったこと。
「……本当に、色々あったわね」
目を閉じても頭は冴えて、眠気がやってこない。こんな時は、不思議な手紙を読むと自然に眠れるのだけれど。
「やっぱり、ここには届かないのね……」
代わりに、昨日の手紙の一文が鮮やかに思い出された。
――明日は色々あるから覚悟して。では、また明後日。
「……今日ここに泊まることまで分かっていたのね」
思わずくすりと笑い、息をつく。
その時。
静かな部屋に、ドアの開く音がした。
はっとして身を起こしたミレイアだったが、入ってきたのは枕を抱えたハンスだった。泣きそうな顔でミレイアの元へ駆け寄り、ベッドに上がり込む。
「ミレイア……急にいなくならないで」
「まあ……怖い夢でも見たの?」
ミレイアは驚きながらも、そっと抱き寄せた。
「大丈夫。ここにいるわ」
小さな体を包むように抱きしめると、ハンスのこわばっていた表情が少しずつほどけていく。温かな体温を感じながら寄り添ううちに、二人は静かな眠りに落ちていった。