パミルの家
王都の中央部に構えるオルコット侯爵邸は、派手さはないものの目を引く趣のある屋敷だ。その主屋から少し離れた場所に建てられた真新しいシンプルな建物が、アルスとララベル、そしてパミルとハンスが家族で暮らす邸宅だった。
夕日が建物の影を伸ばす頃。入口扉の前で待つララベルとハンスの目の先に、淡い光を放ちながら二人の少女が姿を現した。一人はもうすぐ十歳になる娘のパミル。もう一人は、レガリア魔道学園に通う侯爵令嬢ミレイア・ノクシアだった。
「お母さま! ハンス! ただいま帰りました!」
パミルが母と弟の姿を見つけて、飛びつくように挨拶をする。
「おかえり、パミル。転移魔法は大丈夫だった?」
「うん! くるくる回って楽しかった。行きは馬車で二日もかかったのに、あっという間だったんだよ!」
興奮気味に話す娘に微笑みながら、ララベルはミレイアへと視線を向ける。
「ミレイアさん、ようこそ。良かったら我が家に入って夕食を召し上がっていって。色々お話も聞きたいし……」
「ありがとうございます、ララベルさん。急にお邪魔してしまってよろしいのですか?」
「もちろん!」
「ミレイアお姉ちゃん! 早く入って! わたしの部屋を見せてあげる!」
戸惑う間もなくパミルに手を引かれて、ドアをくぐる。
「うん……お邪魔します」
「おい! 待てよ!」
パタパタと後ろから走ってきたのは、パミルと同じピンクブロンドの髪をもつ幼い少年だった。パミルとミレイアの間に割り込むように立ち、ミレイアを指差す。
「俺に挨拶がないぞ!」
頬をふくらませる少年に、ミレイアはしゃがみこんで目線を合わせる。
「はじめまして、ハンス。わたしはミレイア・ノクシアです。どうぞ仲良くしてね」
にっこりと笑うと、ハンスはそわそわしながらミレイアの手を握った。
「……俺の部屋から行こう。そしたら仲良くしてやってもいいぞ!」
「ふふ、それじゃあ案内してくれる?」
「ハンス!? なんていう口の利き方をしているの! ミレイアさん、ごめんなさいね」
焦って追いかけてきたララベルに、ミレイアは首を横に振る。
「いいえ。わたし、パミルからハンスのことを聞いて、会いたいと思っていたんです。一緒に遊んで来てもいいですか?」
「……ええ。ありがとう、ミレイアさん。でもハンスはやんちゃ坊主だから大変で……」
ララベルが言いかけたその時、廊下の奥から軽やかな足音が近づいてきた。
「奥様、旦那様から通信が入っております」
執事らしき男性が軽く頭を下げ、声を整えて告げる。
「アルスから? パミルがちゃんと着いたか心配だったのかしら……。ハンス、パパから連絡が来てるわ。一緒に――」
ララベルが息子の手を取ろうとしたが、ハンスはスルリと身をかわしてミレイアにしがみついた。
「やだ! 俺はミレイアと遊ぶんだ!」
困った顔をしたララベルに、パミルが一歩近づく。
「お母さま、ハンスのことはわたしがみているから大丈夫よ。お父さまとお話してきて。夕食の準備ができたら呼びに来てくれたらいいから」
「そう?……じゃあお願いね。ハンス、ミレイアさんには優しくできるわね?」
ララベルはきっぱりと釘を刺してから、執事とともに去っていった。
「ミレイア! ここが俺の部屋だ!」
ハンスが小さな手で扉を押し開けた。