約束と転移
「ノエル、本当に迎えに来なくていいの? 3時間ぐらい待てば、また転移魔法で帰れるようになるのに」
ミレイアが心配そうに問いかける。
「ええ、いいんです。時間はかかるけど、私は兄さんと馬車に乗って帰りますよ。転移魔法は……どうにも私には合わないみたいで」
ノエルは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「そう。それじゃあ、パミルを送った後、寮に戻って待ってるわね」
ミレイアの横では、目を輝かせたパミルが立っている。
そこへ、アルスが一歩近づき、娘を気づかうように声をかけた。
「パミルがミレイアと転移魔法で家に帰ることは、さっきララベルに連絡しておいたよ。ミレイア、よろしく頼む。……パミル、気をつけてな」
「うん。お父さまも気をつけて帰ってきてよね」
パミルは差し出された大きな手を握り返す。アルスは娘の頭を撫でてから、名残惜しげに一歩下がった。
すると、ユキアが駆け寄り、真剣な眼差しで二人を見据える。
「ミレイア、パミル。話を聞く限り、あなたたちとアゼルの力を合わせれば、王宮に蔓延る精神魔法を解消できる可能性が高い。しかし、危険が隣り合わせであることを忘れてはならないよ」
イリウスも頷き、低く響く声で続ける。
「森を助けてくれてありがとう。君たちなら国の危機も救えると信じておる。……くれぐれも気をつけるんじゃよ。アゼルとマーサのことは任せておいてくれ」
「マーサさん……大丈夫かしら」
ミレイアの胸に不安がよぎる。パミルから、白龍と契約した男が精霊の泉に邪悪な魔石を投げ込んだと聞かされて以来、マーサはずっと涙を流して震えていたのだ。今は泣き疲れて、アゼルの隣で眠っている。
「マーサは、怖いんだろう。自分のせいで森が狙われたと思っている。……だけど、大丈夫。またすぐに落ち着くさ」
ユキアが柔らかく言い聞かせる。
「うん、そうね。……マーサさんが安心して暮らせるように、わたしが必ずなんとかしますから!」
ミレイアは迷いなく言い切った。その瞳に宿る光に、ユキアが口元をほころばせる。
「ふっ。そうやって言い切るところはアリアにそっくりだよ。ねえ、イリウス」
「ああ、そうだな。無鉄砲で頑固なところはユリリアにも似ている気がするよ」
イリウスはふと遠い目をして、今は亡き娘の面影を思い出していた。
その空気を和らげるように、ノエルが明るく声をかける。
「お嬢様、私が2日間いないからって羽目を外すのはやめてくださいね。ギン、お嬢様のこと頼んだわ」
ノエルが子犬姿のギンの背中を撫でる。ギンは尻尾を振り、低い声で短く返事をした。
ユキアとイリウスの側では、精霊のミツと聖獣のユウも手を振って見送っている。
「じゃあ皆さん、また会いましょう。パミル、準備はいい?」
ミレイアが優しく声をかける。
「うん! 大丈夫。でもドキドキする……」
パミルは不安と期待が入り混じった表情で、ミレイアの手をぎゅっと握る。
転移魔法の魔法陣が足元に展開される。淡い光が二人を包み込み、その姿はゆっくりと光の中へと消えていった。