ミレイア不在の学園
ミレイアが森で奮闘していた頃。
王族寮の執務室には紙をめくる音が響いていた。
レオンは真剣な目で山積みになった記録文書に目を走らせている。
クラリスがふと顔を上げる。
「今日は、ミレイアファンクラブの交流会があるらしいの。副会長だし、顔を出してこようかしら」
「今は、ミレイアに頼まれた証拠集めが優先だ!」
すぐさま、レオンが苛立ったように声を荒げた。
「……今日はミレイアさんがアゼル・フェンリルと会ってるから、レオンは気が立ってるんだよな」
ロイが苦笑いする。
クラリスは小さくため息をついて肩をすくめた。
「うん、交流会は気になるけど、確かに今はこっちの方が大事よね」
再び静寂が戻り、それぞれが机に向かって記録を探り始めた。
第二王子派の悪事を告発するために、決定的な証拠を揃えるために。
そしてその頃ーー学園の大ホールは、信じられないほどの熱気に包まれていた。星導祭を境に激増したミレイアファンクラブの会員が続々と集まる。別キャンパスの上級生や校外のファンたちまで駆けつけて、立ち見席までできている。
入口では、ティナの兄リュシアンによるミレイアグッズ即売会が開かれ、限定品目当ての行列が伸びていた。
ホール内にはミレイアの功績をまとめたパネルや、ミレイア作の魔道具、研究論文の数々が展示されている。ファンクラブに寄せられた詩やイラストが並ぶコーナーもある。人だかりが絶えず、立ち止まる者の目は皆、憧れと敬意に輝いていた。
「……人が多すぎる」
古いファンの一人が唖然と呟く。前回の交流会を知る者にとって、この光景は別世界だった。
やがて開会の時刻が近づき、会場の照明が一斉に落ちる。
ルイスとティナが演出した派手な魔法照明が舞台を鮮やかに照らし、『第2回ミレイアファンクラブ交流会』の開会を告げると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
大きなスクリーンには瞬間記録機の映像が映し出された。
星導祭での華麗な魔導演舞、授業中に真剣な眼差しで質問をする姿、さらには休憩中にお菓子を頬張る可愛らしい表情まで――。観客は息を呑み、時には悲鳴のような歓声を上げる。
会場が暗転し、光が壇上を照らす。司会役のルイスが高らかに告げた。
「ここからは、厳選されたファンによる“ミレイアさんエピソード発表”です!」
ざわめきが広がり、最初の発表者のティナが壇上に上がる。
「ミレイアのエピソードはたくさんありますが……兄の商会が襲われた時、1人で崩れる鉱山を固めて、瓦礫に挟まれた人たちを次々に救い出し、治癒魔法を施しました。幼い頃から歩けなかった事務員の男性が、その時の魔法で歩けるようになり、今では走って国を一周するほどです」
拍手が広がる中、次の発表者──騎士科の男子生徒が胸を張る。
「勉強会に居合わせた時、俺は全く勉強してなかったのに……次の日の小テストで満点を取ってしまったんです! ただ同じ空間にいただけで! あれが“女神の奇跡”でなくて何だって言うんだ!」
三人目の女子生徒が壇上に進み、手を胸に当てて語る。
「休み時間にお菓子を持ち寄って食べていた時、ミレイアさんが『こんなに楽しい時間をみんなと過ごせるなんて、わたしは何て幸せなの!』と笑ったんです。その瞬間、柔らかな祝福の光が降り注いだんです。あれは天からの贈り物でした」
次は緊張で顔を赤くした貴族科の男子生徒が、震える声で発表する。
「庭園で転んで膝を擦りむいた時……ミレイア様がさりげなく手を貸してくださいました。その瞬間、傷がすっと消えたんです。……あれは、俺の人生で最も尊い瞬間でした!」
会場がどよめき、歓声と拍手が沸き起こる。
「「「ミレイア様ばんざーい!!!」」」
続けて、ルイスが壇上に立ち誇らしげに話し出す。
「我らが女神ミレイアさんは、ものすごーくモテモテです。王太子殿下や筆頭魔術師のアゼル様をはじめ、学園の生徒や騎士にも沢山求婚されています!なんと最近は、人間だけじゃなくて人型の精霊にまで求婚されているんです!」
「えっ!?」「精霊に!?」「それは本当なのか!?」
どよめきが一気に広がる。ルイスは真剣な顔で続ける。
「ということで……今から討論会を始めます!議題は『ミレイアさんが幸せになるためには誰と結婚すべきか』です!」
「王太子殿下しかいない!」
「いやいや、魔術師のアゼル殿が一番お似合いだ!」
「ミレイア様を独り占めはよくない!みんなで公平に愛を捧げるべきだ!」
あちこちから様々な意見が飛び交い、自分こそ候補だと名乗りを上げる者まで現れる。
混乱を極めつつも、最終的に「結局、ミレイア様の幸せが一番」という結論に収束し、会場全体で彼女のために祈りを捧げる変な一体感が生まれた。
クライマックスは、セドリックが発明した立体映写機による実物大のミレイアの映像だった。
壇上に現れた彼女が、微笑んで軽く会釈する。
その瞬間、会場は地鳴りのような大歓声に揺れた。拝む者、涙を流す者、興奮のあまり卒倒して運ばれる者まで続出する。
閉会が告げられると、ホールには軽食が運び込まれた。そのままファン同士の交流が夜更けまで続いたのだった。
人波が少し落ち着いた頃、控室に戻ったティナとルイスは椅子に腰掛け、持ち込んだジュースを持ち「お疲れ様ー!」と声を揃えて乾杯する。
「……ふぅ、無事に終わったわね。ルイス」
「いやぁ、あれだけの大規模になると、主催側が一番緊張するよな。だけど皆喜んでくれて大成功だよ。ティナがいてくれて助かった!」
ティナが小さく笑いながら肩をすくめた。
「次回は……もう国家行事になってたりして」
「ははっ!まさかな!……いや、ミレイアさんなら本当にそうなりそうだ」
二人は心地よい疲労感と高揚感に包まれて笑い合った。