告発の計画
できれば三人だけで話したいというアルスの希望で、小屋を出て少し歩き、大きな切り株に腰を下ろした。
アルスが語り始めたのは、イグニッツ侯爵の罪、そして実父コーラリー伯爵と義父オルコット侯爵の不正についてだった。
「ノエル、父さんが多額の借金をオルコット侯爵に肩代わりしてもらった話はしたよな。……実は、その借金自体が違法賭博で作られたものだったんだ。最初から仕組まれていたんだよ」
「……どういうこと?」
ノエルが首を傾げる。
「イグニッツ侯爵は国家を手中に収めようとしている。娘イザベルをレオン殿下の婚約者にし、幼いアルヴィン殿下に取り入り、聖女の血を引く娘を嫁がせることで王位を継がせ、自らが実権を握る――そんな計画だ。王妃陛下がそれに賛同したことで、第二王子派と呼ばれる貴族たちが増えていった」
アルスはさらに語った。彼らが違法取引で莫大な資金を得てきたこと、凶悪犯罪をもみ消し、無実の人々を偽りの証拠で処刑させてきたこと――。
「じゃあ……フローラのお父様を陥れて処刑したのも、兄さんがオルコット家に婿入りして聖女の血を引く娘が生まれたのも……全部、イグニッツ侯爵が国を奪うための筋書きだったってことなの!?」
ノエルが震える声で叫び、ミレイアと視線を交わす。
「ノエル、俺と妻は父親たちを告発する準備をしている。……お前を犯罪者の家族にしてしまうかもしれない」
「私は、父を家族だなんて思ったこと一度もないわ。どれだけ愛情を求めても無視され続けた。サムと結婚すると伝えたら勘当されて……。もしフローラのお父様を罠にかけたのがあの人だというなら、絶対に許せない!」
「……そうだな。もし家を出ずにいたら、ノエルも聖女の血を継ぐ子を産むための道具にされていたかもしれない。そういう連中なんだ」
アルスはノエルからミレイアへと視線を移した。
「ミレイア、君が聖女の血を引いていることは奴らには知られていない。だが、その強大な魔力は恐れられている。レオン殿下と引き離すためなら、どんな手でも使ってくるだろう」
ミレイアは一瞬だけ唇を引き結び、それから真っ直ぐに頷いた。
「叔父さま。実はわたしも、イグニッツ侯爵を告発したいと思っていました」
「フローラの件でか?」
「それもありますが……実は、友人から相談を受けたんです。彼女の父親は第二王子派で、イグニッツ侯爵に脅されて犯罪に加担している。その証拠になる裏帳簿を部屋で見つけたと……」
「なるほどな。しかし、それだけじゃ彼女の父親が罪をかぶせられて終わりだ」
「わかっています。だから今、方法を考えているところです」
「なら目的は同じだな。情報を共有しよう。……俺たちは、来年初めの婚約披露パーティーの時、大勢の招待客の前で第二王子派を断罪するつもりだ」
「婚約披露パーティー?どなたのですか?」
ミレイアが尋ねると、アルスは少し驚いた顔をした。
「レオン殿下のパートナーだから、てっきり知っていると思っていた。第二王子アルヴィン殿下と、我が娘パミルの婚約披露だよ」
「え!もう!?」
ミレイアとノエルが同時に声を上げる。
「パミルは年明けで十歳になる。社交界デビューに合わせた婚約は珍しくない。それに、王妃教育もすでに終えている」
「でも、パミルちゃんがアルヴィン殿下と結婚するなんて……反対じゃないの?」
ノエルが険しい顔をする。
「賛成できるはずがない。アルヴィン殿下は完全に精神魔法に操られていた。それに、王妃陛下との距離感も異様だった。パミルには心から信じ合える相手と結ばれてほしい。だからこそ、パーティーで第二王子派を断罪しなければならないんだ」
「でも、もし断罪できても、婚約自体は白紙にならないのでは?」
ミレイアが口を開く。
「聖女との結婚を推し進めていたのはイグニッツ侯爵だ。奴らの悪事が暴かれれば、国王陛下はパミルを王家に入れようとはしないだろう。王妃陛下はアルヴィン殿下にしか執着していないから、自然と婚約は破棄されるはずだ」
「……来年初め。あまり時間がありませんね。第二王子派の中に協力してくれる方は?」
「何人か声はかけたが、リスクを恐れて誰も賛同しなかった」
ミレイアは少し考え込み、それから問いかけた。
「あの……叔父さま。ベルトラン・イグニッツのことをどう思われますか?」
アルスは目を見開いた。
「イグニッツの息子?あれは……不可解な男だ。会うたびに全く違う顔を見せる。人当たりのいい青年の顔、父親譲りの傲慢な顔、妹思いの兄の顔、他人に興味を示さない冷たい顔……どれが本当の姿かわからない。ある意味、父親よりも手強いと感じている」
「そうですか……」
ミレイアはしばし沈黙し、やがて強い眼差しで告げた。
「わかりました。叔父さまは、できる限り不正の証拠を集めてください。第二王子派の実態も教えてください。罪は公平に裁かれるべきです。無実の人が処刑されることがないように――必ず、わたしが何とかします」
「……驚いたな。告発すると決めたものの、正直、成功する可能性は低いと思っていた。だが、ミレイアが味方になるなら……本当に何とかなる気がしてきた」
三人は互いに目を合わせ、静かに頷き合った。