待ちきれない
「ミレイア、待ってたよ」
レオンが嬉しそうに中へ招き入れる。談話室の暖かい空気が、外の冷たい風を忘れさせる。
クラリスとロイはソファに並んで座り、手を振った。
「ようこそ、ミレイア」
「やっと来たかー。レオンが待ちきれなくてうるさかったんだよ」
ミレイアが脱いだ外套をレオンが執事に預けると、執事はそっと談話室を出て行った。その瞬間、レオンは堪えきれない様子でミレイアを抱きしめた。
「レオン、ちょっと……」
クラリスの呆れた視線が痛くて、慌ててレオンを押し返す。
「ごめん、強く抱きしめて痛かったか?」
ミレイアは顔を赤らめ、首を横に振った。
レオンの視線が、ミレイアが手に抱えている小箱に向く。
「それは何?」
「あ、これ三人にプレゼント。さっきソフィアにも渡したんだけど、握ると暖かくなるハンカチなの」
ミレイアは小箱を三人に配る。
「魔道具? 聞くまでもないけどミレイアが作ったの?」
クラリスが箱を開け、オリーブ色のハンカチを手に取る。
「ええ、開発はわたし。作ったのは商会の工房のみんなだけど。少し前に、発売間近の製品を送ってもらったの」
「おー、握るとハンカチの温度が上がった。これは寒い時の訓練に役立ちそうだな」
ロイはエンジ色のハンカチを握りながら、手のひらの温かさに感心している。
「手が悴んで剣が握れないって言ってたものね」
クラリスはロイを見つめて微笑む。
「みんな、色が違うんだな」
レオンが濃紺のハンカチを取り出して呟く。
「そうなの!ソフィアには淡い桃色のハンカチを渡したわ。ルイスにはオレンジ色、ティナはクリーム色、セドリックには水色のハンカチを用意してあるの」
「そっか、みんなのイメージカラーだな。ありがとう、大切にするよ。……ミレイアから初めてもらうプレゼントが、自分だけじゃなかったのは少し残念だけど」
レオンが僅かに眉をひそめる。
「実は……レオンのだけ、わたしの手作りなの。刺繍も入れてあるのよ」
レオンは改めてハンカチを見る。琥珀色の糸で王家の紋章が刺繍されている。
「このハンカチの濃紺は、ミレイアの瞳の色?」
「うん、そう。見るたびにわたしのことを思い浮かべてくれたらいいと思って……嫌だった?」
「嫌なわけない。自分だけ特別なんて……最高だ」
笑顔が自然に溢れ、再びミレイアを抱きしめようと手を伸ばすレオン。
それを察したクラリスが素早くミレイアの手を取り、ソファに座らせる。
レオンは仕方なく、隣のソファに腰を下ろした。
「ディナーが運ばれてくるまで、少しゆっくりしましょ」
クラリスが向かいに座るミレイアに笑いかける。
「ここに来るのは2週間ぶりだけど……、ん?あれって……」
ミレイアの視線の先に、前回来た時になかったものがあった。
「やっぱり気がついた?」
「あれは、星導祭の時に展示してあったクラリスの絵画ね。わたしがモデルの……」
魔法絵の具で描かれたミレイアは、にこやかに手を振っている。
「実は、前から殿下に、あれを自分の寝室に欲しいってしつこく言われてたんだけど断ってたのよ。ここに飾るならいいかと思って……あの後に飾ったの」
クラリスが、少し照れくさそうな顔を見せる。
「ミレイアさん、聞いてくれよ。テスト期間中に、ここで時々クラリスと勉強をしていたんだけど、レオンがどれだけ気持ち悪かったか! 執務の合間に、絵画のミレイアさんに甘い言葉を囁いては、照れさせて楽しんでいたんだ。時には卑猥な言葉を……」
「ロイ!」
クラリスが隣に座るロイを制止する。
「別に気持ち悪くはないだろ。ただの練習だよ」
平然と言うレオンに、ミレイアはクスッと吹き出した。
そのとき、静かにドアが開き、執事がトレーを運んでくる。談話室にふんわりと温かい香りが漂い、部屋の中の空気がさらに和らいだ。
「ディナーをお運びしました」