王族寮へ
「いいですか、お嬢様。殿下が二人きりになりたいと誘ってきても、絶対にクラリスさんから離れてはだめですからね」
「……わかってるわよ。ノエルは心配しすぎ」
ソフィアの部屋を出たミレイアは、一度自室に戻り、約束通り王族寮へ向かう準備を始めた。
窓の外には夕暮れの柔らかな光が差し込み、カーテンの隙間から差すオレンジ色の光が床に長く影を落としている。
ノエルがいつものようにミレイアの貞操の心配を口にしはじめた時、扉が控えめにノックされ、フローラが穏やかな表情で顔を覗かせた。
「ミレイア様。クラリスさんに頼まれて、王族寮への送り迎えに参りました」
「あ、フローラ。わざわざ来てくれたの?」
「ええ。外は薄暗くなってきましたし、1人だと危険です。帰りも連絡をもらったらすぐに駆けつけられるように待機していますから、くれぐれも黙っていなくならないでくださいね」
「わかってるって」
すっかり耳慣れた注意に、ミレイアは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「――あ、お嬢様!言い忘れてました」
外套を羽織り扉に向かうミレイアを、ノエルが慌てて呼び止める。
「さっきおばあさまから通信があって、『明日会えることになったからおいで』とのことです」
「そっか。それじゃ、明日の朝、ノエルも一緒に行こうね」
「ええ。今日は早く休んだ方が良さそうですから、あまり遅くならないように帰ってきてくださいね」
「いってらっしゃーい」
「またね〜ミレイア」
「呼ばれたらすぐに助けに行く」
ノエルの横で、モフィ、スイン、ギンの三匹も元気に声を揃えて見送る。
「行ってきます」
王族寮へと続く庭園前の道を、ミレイアとフローラは並んで歩いた。
落ち葉が冷たい風に舞う静かな通りに、二人の足音だけが響く。周囲に人影がないのを確かめ、ミレイアは静かに口を開いた。
「フローラ、わたし……あなたのお父様に無実の罪を着せたイグニッツ侯爵を、告発しようと思っているの」
「えっ、なぜ今……?」
フローラは思わず足を止めた。
「友人が助けを求めているの。あなたと同じ思いは、もう誰にもさせたくない」
「……そういうことですか。でも、簡単にはいきませんよ」
フローラは目を伏せる。
「わたしは当時、何度も直接父の冤罪を訴えました。けれど、あの男は冷たく笑って言ったんです――『所詮使い捨ての駒だ』って」
「……わたしが突き止めた強盗殺人の真犯人は、裏組織の人間だったわ。イグニッツ侯爵との繋がりも見えていたのに、証拠がなかった。でも今度はうまくやるつもりよ。だって、今のわたしには協力してくれる仲間がたくさんいるもの。フローラ、あなたも手を貸してくれる?」
「もちろんです。やれることは何でも。ただ……あの男は危険です。くれぐれも気をつけて行動してくださいね」
「ありがとう。気をつけるわ」
ミレイアは強く頷いた。
夕日が建物の影に沈むころ、二人は王族寮の談話室に到着した。フローラが扉をノックする。
「ミレイア様をお連れしました」
中からドタドタと足音が近づき、満面の笑みを浮かべたレオンが勢いよく扉を開けた。