ソフィアの秘密
昼下がりの貴族寮。
ミレイアは手土産を抱え、ソフィアの部屋の前に立った。軽くノックをすると、すぐに中から「どうぞ」と明るい声が返る。
扉を開けたソフィアに、手土産の入った小箱を渡す。
「今日は、お招きありがとう。これ、新しく商会で売り出す予定の魔道具なの。握ると暖かくなるハンカチよ。冷える季節に便利だと思って」
「まあ……ありがとう!大切にするわ」
ソフィアは嬉しそうに受け取り、彼女らしい淡い色の家具に囲まれた部屋へミレイアを招き入れる。
部屋の中央の白いテーブルに、すぐに給仕が運んできたランチが並び、二人は向かい合って腰を下ろした。
ミレイアが作る魔道具の新作のこと、テストのこと、クラスメイトたちの何気ないエピソードなどを談笑しながら食事を楽しむ。
「ソフィアはいつも寮の部屋に戻って昼食を食べているのよね?」
「うん、そうよ」
「ティナとも話してたんだけど、休み明けからは、わたしたちと一緒にランチを食べない?」
ソフィアは少し言い淀み、困ったように笑った。
「だけど……わたしが入ると邪魔だと思うわ。ミレイアたちはカップル三組で食事しているでしょう?」
「え? 確かにわたしはレオンとお付き合いしているけど……」
ティナとルイス、ロイとクラリスの曖昧な関係が頭をよぎり、ミレイアは肩をすくめる。
「もし気になるなら、女子だけで食べようか」
「え!さすがにそれは悪いよ。殿下がまたミレイア不足になっちゃう」
「ふふっ、確かにレオンが拗ねそうね……。それじゃあ、いつも研究室で食べてるセドリックも誘おうか?」
「うん……、それができたら楽しそうね……」
ソフィアが小さく微笑んだ。
やがて食事が終わり給仕が皿を下げると、ソフィアが窓際の小さなテーブルへ案内する。手際よく紅茶を用意したソフィアは、お菓子の入った籠と一緒にトレイに乗せて運んできた。
「私が作った焼き菓子なの。口に合うといいんだけど……」
香ばしい焼き菓子をひと口かじり、ミレイアは目を輝かせた。
「わあ、美味しいわ、ソフィア!お菓子を手作りできるなんてすごい。わたしは料理の才能が全然なくて……」
「ミレイアは侯爵家にシェフやメイドがいるから作ってもらえるものね。うちは貧乏子爵家で、使用人は雇っていなかったから、母と一緒に料理やお菓子をよく作っていたの」
「そうなのね。今度わたしと……」
ミレイアが、ソフィアの表情がふっと沈んだのに気づいて言葉を止めた。
「……ソフィア、どうかした?」
ソフィアはしばらく沈黙し、やがて決意を宿した瞳で口を開いた。
「ミレイア……これを話すべきかずっと迷っていたの。きっと聞いたら、あなたはわたしを嫌うかもしれない。だけど……聞いてくれる?」
その声はかすかに振動している。
「……実はね。わたしの父、リヴァンス子爵は第二王子派に属しているの。……といっても偉い立場じゃなくて、イグニッツ侯爵に使われる下っ端よ」
ミレイアが驚いた顔をするより早く、ソフィアは苦い笑みを浮かべた。
「星導祭の後に、ある人から証言を聞いたの。第二王子派は……違法賭博や違法薬物の取引、強盗や殺人のもみ消しまで、あらゆる悪事に手を染めているって。最初は信じられなかった。けど、この前の休みに実家に戻って、父の部屋を探ったの。……机の下にわたしが昔プレゼントした木箱があってね。その中に、違法取引の裏帳簿や手紙が隠されていたの」
紅茶の表面がわずかに揺れる。ソフィアの指が震えていた。
「父は、一度騙されて違法賭博に手を出して、そこから脅され続けて……イグニッツ侯爵の言いなりになっていたみたい。星導祭の決闘大会の裏でも、違法な賭け事が行われていた。……それだけじゃない。今年は、違法薬物で凶暴化させたディクシー・タイヤスを殿下とあなたにけしかけたのよ」
ミレイアの胸がひやりと冷える。ソフィアは苦しげに目を閉じた。
「わたし自身も、父に指示されて……ミレイア、あなたのことを探る役をしていたの。『高い地位のお方の命令だから従うしかない』って言われて。……意味も分からないまま、あなたに近づいて、その行動や交友関係を逐一報告していたの……。星導祭の日、あなたがどの時間にどこに向かうかを伝えたのも……わたし。もしかしたら、それがきっかけで……あなたを危険に晒してしまったかもしれない」
そこまで言うと、ソフィアの声は途切れ、ぽたりと涙がハンカチの上に落ちた。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……。わたしは何も知らなかったの。ミレイアを危険な目に合わせる計画のことも、父がずっと前から犯罪に加担していたことも。父はいつか処罰されるかもしれない。もしかしたら、すべての罪を着せられてしまうのかもしれない……。でも……母は何も知らない。優しい母に、辛い思いをさせたくない」
その横顔には、罪悪感と恐怖、そしてすべてを失うかもしれない不安が入り混じっていた。
「ミレイアと離れるのは……寂しい。せっかく本当の友達になれそうだったのに……。でも、このままじゃ学園にいられなくなる。……わたしは……どうしたらいいのかわからないの」
ソフィアは顔を覆い、肩を震わせた。
ミレイアは紅茶を飲み干すと、椅子を立ちそっと彼女の隣に立つ。
そして迷わず、ソフィアを抱きしめた。
「ソフィア。あなたはもうわたしの親友よ。たとえどんな事情があったとしても、それは変わらない」
「……ミレイア」
ミレイアの腕の中で名を呼ぶ声が震える。
「あなたのことも、あなたの家族のことも、必ずわたしがなんとかするわ。だから心配しないで。学園を辞めるなんて言ってはだめよ」
ソフィアの震えが少しずつ収まり、力が抜けていく。
ミレイアは彼女の背を軽く撫でてから、柔らかく微笑んだ。
「次は、わたしがソフィアを部屋に招くんだから。そのときは……笑顔で来てね」
ソフィアは静かに頷いた。