深呼吸のあとに
魔力測定を終え、各クラスの担任から30分後に教室に集合する旨の連絡を聞いた生徒たちは、パラパラと講堂から出て行った。
出口に向かうミレイアの元に、アゼルが当然のような顔で歩み寄ってくる。
「じゃあ、教室まで送っていこうか。……ミレイア」
そう言って自然に手を差し出され、思わず反射的に手を重ねてしまうミレイア。
けれどその瞬間。
「先輩は、そろそろ自分のクラスに戻ったらどうですか?」
低く、よく通る声が割って入った。
振り返ると、少し前まで別方向にいたはずのレオンが立っていた。顔にはあきらかに不機嫌な色が浮かび、ミレイアと繋がれた手に鋭い視線を向けている。
「ああ、これはこれは。王太子殿下が、同級生をお迎えとはずいぶんと熱心ですね」
アゼルは柔らかく笑いながらも、目の奥が冷たい。
「僕は彼女の専属治療師として、彼女の体調管理を任されている。付き添いは当然の職務だと思っていたんだけどな」
「職務にしては距離が近すぎる。それとも、職務以外の理由で触れているとでも?」
レオンの言葉に、アゼルの目が細められた。
「ずいぶん余裕がないな。誰にでも冷たいと名高い“冷酷王子”が。数多くの令嬢を弄んでは捨ててきたという、あの噂の王太子殿下がね ──」
「余計な詮索は無用です。あなたこそ、その立場をわきまえるべきだ」
ピリピリとした空気が張りつめる。
ミレイアは慌てて口を開いた。
「だ、大丈夫です、アゼル。ここからは一人で行けますから」
「……そう?」
アゼルは一拍おき、軽く肩をすくめた。
「じゃあ、またあとでね。くれぐれも無理はしないように、ミレイア」
優しく微笑み、名残惜しげに手を放して去っていく。
代わって横に立ったレオンは、さっきまでの冷たい目つきが少しだけ和らいでいた。
「……すまなかった」
「いいえ。むしろ……ありがとうございます」
レオンの真っすぐな言葉が、助け船のように感じられて――ミレイアはふっと息をついた。
アゼルのスキンシップに戸惑っていることに気づいてくれたのだろう。
レオンは同級生を放っておけなかっただけ。
レオンが何年も前から女性と交際しているらしいという噂は知っている。
これは恋愛感情ではない。
これからは、友達として仲良くできるかもしれない。
そう思うと、胸がほんの少しだけあたたかくなった。
それでも魔力は、まだかすかに揺れていて。
ミレイアは静かに深呼吸をして、微笑んだ。
「……行きましょう。オリエンテーション、始まっちゃいますから」
「……ああ」
肩を並べて歩き出すふたりの背後を、柱の影からひとり見送っていたのは、アゼルだった。
その目には、笑みとも怒りともつかない、複雑な光が揺れていた。