いい雰囲気
アレクが消えた後すぐに、シェフに頼んであった三人分の昼食が運ばれてきた。
今はミレイアとノエル、ウラロスの三人がテーブルを囲んでいる。
モフィ、スイン、ギンはミレイアがあげた魔力の粒を食べ終えて、カーペットの上でゴロゴロしていた。
「食事までご馳走になってしまって……申し訳ないです。……人と食事するなんて、久しぶりだなぁ」
ウラロスが恐縮しながら、そっと料理を口に運ぶ。
「ウラロスさんは、いつも一人で食事を?」
ノエルが問いかける。
「はい。家では一人です。研究所では召喚生物たちと一緒ですね。……あ、あの、ノエルさんは?」
「私は普段、使用人の食堂で食べてますけど……最近はお嬢様やモフィたちと一緒に食べることも増えましたね」
「ノエルさん。ご家族は……?」
「私は、五年前に夫を亡くしたんです。実家とは結婚を反対されてから絶縁状態ですし、子供もいません」
「あ……ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまいましたね」
しゅんとするウラロスに、ノエルはすぐに明るい声を返した。
「大丈夫。もう私は前を向いています。今はお嬢様と、一緒に学園についてきた騎士のフローラが家族だと思っています」
「……ノエルさんみたいな素敵な方が独り身なのが、不思議だったんです。やっぱり理由があったんですね」
ウラロスの真剣な眼差しに、ノエルは少し戸惑いながらも柔らかく笑みを返す。
「素敵だなんて……。今までそんなこと言ってくれたのは、亡くなった夫のサムだけです」
サムに似た優しい目を持つウラロスに、心の奥がわずかに温まるのをノエルは感じていた。
その雰囲気を敏感に感じとったミレイアが、ぱっと身を乗り出した。
「ウラロスさん!ノエルは優しいし、気が利くし、しっかりものだし、料理も上手だし……一緒にいるとホッとするし、絶対おすすめです!」
「あ、あの……ぼ、僕は……」
ウラロスは何か言いたそうにモゴモゴして、言葉を飲み込んだ。
「お嬢様!突然何を言い出すんですか。ウラロスさんが困っているでしょう?」
ノエルはミレイアにピシャリと言い、ウラロスに頭を下げる。
「ごめんなさいね。この子は男女関係のことになると、突飛で非常識になってしまうんです」
「そ、そんな……僕は……」
ウラロスは、ちらちらとノエルの横顔をうかがう。
隣にいるノエルの笑顔が眩しくて、胸がじんわりと熱くなる。けれど、そんな気持ちを口にしていいのか分からず、思わずうつむいてしまった。
「そんなことないわ! わたしはただ、ノエルとウラロスさんが上手くいくといいな……って思って」
必死に言い訳するミレイアに、ノエルは苛立ちを隠さず鋭い視線を送った。
「余計なお世話です! 大体お嬢様は、さっきアレクに口付けされたくせに、何をしれっと受け流しているんですか?」
「えー、それは……別に初めてでもないし。それに、アレクは精霊だよ? スインにチューするのと変わらないじゃない」
ノエルは呆れた顔で大きくため息をついた。
「お嬢様! アレクは人型の精霊です。充分あなたの貞操を狙える存在だってこと、忘れないでください! まったく、殿下のことといいアゼル様のことといい……お嬢様は隙がありすぎです! 独身の男女はそんなに簡単に口付けを交わしたりしません!!」
「……わかったわ」
ミレイアにとってはいつもの説教だが、女性に奥手のウラロスにとっては刺激的すぎる内容だった。顔を真っ赤にして固まってしまう。
それを見たミレイアは「ノエルが急に怒ったせいで怖がらせたのかも」と勘違いし、慌ててフォローする。
「えっ、違うの! ウラロスさん! ノエルはいつもこんなに怒ってるわけじゃないの! 怖くないわ! わたしが心配で注意してくれているだけなのよ!」
ウラロスが驚いたように瞬きをする。
ノエルは、食器を片付けながら肩をすくめた。
「……お嬢様。とにかく私たちのことはそっとしておいてください。食事が終わったなら、テスト勉強でもしてきたらどうですか?」
「……わかったわ」
ミレイアは部屋の隅にある勉強机に座り、教科書をめくり始めた。時々ちらちらと二人の様子を気にしてしまう。
一方のノエルとウラロスは、すぐに穏やかな表情に戻り、静かに談笑を始めていた。
「今度会う時は、研究所の召喚生物たちをご紹介します」
「ふふ……楽しみにしています」
次に会う約束まで交わす二人を見て、ミレイアはようやく胸を撫で下ろした。