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本当の心

手を引かれて廊下に連れ出されたアルヴィンは、最初は軽い抵抗を見せていたが、パミルが決して手を離そうとしないので、諦めたようにそのまま歩き、遊び部屋へと足を踏み入れた。


「わあ、ここがアルヴィン殿下の遊び部屋なの!?すっごいわね!」


大ホールほどの広さを誇る部屋には、世界中から集められたと思われる玩具や遊具がぎっしりと並んでいた。魔法仕掛けのものも多く、柔らかな音楽に合わせて陶器の馬がゆったりと揺れ、小さな人形たちが舞踏会のように踊り、七色に光る玉が宙を漂っては弾けていくーー。そこは、現実から切り離された幻想的な楽園のようだった。


「いつもここで一人で遊んでいるの?」

パミルが問いかけると、アルヴィンは少し戸惑いながら首を横に振る。


「僕は一人じゃない……。母上が、いつも見ていてくれます」


「そうなの……」パミルは小さく相槌を打ち、視線を落とした。

そして意を決したように問いかける。


「ねえ、今のあなたにとって、王妃様はどんな存在?」


「母上は、僕のすべて。僕は母上だけのものです」


その答えにパミルは小さく息を呑み、アルヴィンを憐れむような目で見つめた。そして、近くにあった小さな椅子に腰を下ろし、独り言のように呟き始める。


「ここまでひどい状態だなんて……予想外だわ。完全に精神を支配されているのね。本当のあなたの心は、一体どこに行ってしまったのかしら」


アルヴィンは、いつの間にか床に座り込んで、淡々と積み木を並べている。


「……わたしには聖女の血が流れているの。聖女の力を持つ者には、特別な能力が現れることがあるんだって。曽祖母には遠隔透視能力があるし、亡くなった伯母には予知能力があった。そして、わたしには……」


そこで言葉を切り、完全に自分のことを無視しているアルヴィンを見て小さくため息をつく。


「わたしは、魔法による状態異常を見抜くことができるの。見抜いたからって治すことはできないし、そもそも普通に生活していて状態異常の人に会うことは滅多にないし、あまり役に立たない力だと思っていたんだけど……。このお城には精神魔法に洗脳された人がたくさんいるわ。使用人や側近たちの中にも……。国王陛下も洗脳を受けているんだけど、かろうじて正気を保ってる。王妃様は、今は精神魔法に侵されてはいない。だけど、普通じゃない……王妃様が発する言葉に強制力をもたせる魔法がかかっているの。精神魔法に侵された者にだけ効く催眠術のようなもの……。まるで術者の代わりをさせられているみたい……どういうことなのかしら」


その呟きに、アルヴィンの動きが止まった。積み木を手にしたまま、ゆっくりとパミルの方へ視線を向ける。


その瞬間、瞳にかすかな光が戻った。

ぼんやりと霞んでいた世界が、急に鮮明になる。目の前の少女の姿がはっきりと見える。

ピンクがかったブロンドの髪。まだ幼さを残す丸い頬。夜空のような濃紺の瞳。


「……た、助けて。僕は……僕は、国王になりたくない」


絞り出したその声は、今までの無機質な響きとはまるで違っていた。


「アルヴィン殿下!それがあなたの本心なのね!?殿下は……国王になりたくないの?」

パミルが少し身を乗り出す。


「国王になるのは……兄上でいい。父上もそれを望んでいる。……母上は……可哀想な人だ。だけど……僕は……」

アルヴィンは言葉を慎重に選んでいる。


「殿下、大丈夫。ここにはわたしたち二人しかいないわ」

パミルは安心させるように声をかけ、そっと微笑む。


「僕は……兄上とも仲良くしたいし、友達だってほしい……」

そう言ったアルヴィンの頬に、一筋の涙が流れた。


「大丈夫、きっと大丈夫。あなたのことも、王妃様のことも助けてみせるわ」

パミルはアルヴィンの手をぎゅっと握りしめる。

「わたしには力はないけど……曽祖母が言っていたの。精神魔法に対抗できる人に出会ったって。今度、わたしに会わせてくれるって」


アルヴィンの琥珀色の瞳が、今はしっかりとパミルを見据えている。

「……ありがとう。えっと……君は……」


「パミルって呼んで。わたしもアルヴィンって呼んでいい?」


「うん……パミル」

アルヴィンは初めて、小さな笑みを浮かべた。


――その時。


「アルヴィン、そろそろ戻って来なさい。二人で話すのはもう充分でしょう?」

ドアが開き、不機嫌そうなカミリアが入ってきた。


「母……上……」

次の瞬間、アルヴィンの瞳から光が消え、再び虚ろな表情に戻る。


「行きましょう、アルヴィン」

差し出された母の手を取ると、アルヴィンは無言で遊び部屋を後にした。


残されたパミルは、静かに深いため息をついた。

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