婚約者と顔合わせ
王宮の応接室。
暖炉の火が柔らかく揺れ、薄いカーテン越しの陽光が室内を淡く照らしている。
国王カイルは一人がけのソファに腰掛け、王妃カミリアは二人がけのソファの真ん中に座り、その膝の上には十一歳の第二王子アルヴィンが、まるで当たり前のようにちょこんと座っていた。
「アルヴィン、今からここにお前の婚約者になる娘さんが来るんだ。カミリアの膝から降りて自分で座ったらどうだ?」
今は正気を保っているカイルが、父として穏やかに言葉をかける。
「あなた、アルヴィンは一時も私から離れたくないのよ。わかるでしょう?」
カミリアはカイルの目をじっと見つめ、言い聞かせるように言った。
「……ああ、それなら仕方ないな」
カイルはふっと表情を曇らせ、抗えない力に導かれるように同意して頷いた。
そこへ執事の声掛けがあり、扉が開く。
元聖女ユリリア・コーラリーの息子アルス・オルコットと、オルコット侯爵の長女ララベル・オルコットが、年明けに十歳を迎える娘を伴って入室してきた。
「国王陛下、王妃陛下。本日はお招きいただきありがとうございます。アルス・オルコットでございます」
アルスが恭しく一礼すると、ララベルも優雅な仕草で挨拶を続けた。
「初めまして。私はパミル・オルコットでございます」
完璧な挨拶と完璧な笑顔。落ち着いた口調は、大人びていてとても9歳とは思えない。
「アルヴィン殿下、お会いできて嬉しいです」
母の膝で抱かれる幼子のような姿に、パミルは内心で驚きを覚えたが、それを一切表に出さず、真っ直ぐアルヴィンに声をかけた。
「……母上、僕はこの人と結婚するのですか?」
アルヴィンは母に抱きつくように身を寄せ、指先だけでパミルを差した。
「ええ、アルヴィン。あなたが王になるために相応しい相手を見つけてあげたのよ」
「はい、それなら王になるために結婚します」
カミリアとアルヴィンは、頬を寄せ合っている。
「気に入らなければ無理する必要はないのよ。あなたは素晴らしい子だから、相手はいくらでも見つかるわ」
「はい、母上」
アルスとララベルは、第二王子と王妃の異様な様子に息を呑み、思わず視線を交わした。
「――あの、国王陛下。良ければ娘とアルヴィン殿下の二人だけで話させていただけませんか。婚約者になるならば、お互いのことを知っておくべきかと……」
アルスが恐る恐る提案をした。
遠くを見るような目をしていたカイルが、急に気がついたように返事をした。
「あ……そうだな。若い二人だけにしてやろう。アルヴィン、パミルを連れて遊び部屋にでも行ってきたらどうだ?」
「行かなければいけませんか、母上」
アルヴィンはすぐに母の顔色を伺う。
「乗り気がしないのね、それなら……」
カミリアが息子の頭に手を伸ばそうとしたその瞬間、
「アルヴィン殿下! 遊び部屋、是非連れて行ってください」
パミルがアルヴィンの左手を掴み、思い切って王妃から引き離した。
アルヴィンはその顔を凝視し、今になって初めて相手を見たような驚きの表情をする。
「さあ、行きましょう」
パミルに手を引かれるまま、アルヴィンは応接室を後にした。
「何あの子。嫌がるアルヴィンを強引に連れていくなんて。幼いながら王妃教育が済んだ才女だと聞いていたのに! 全然気が利かないじゃない」
王妃の不満げな声が響き、応接室の空気は重く沈む。
「――あの、婚約披露パーティーのことですが……」
重苦しさを断ち切るように、アルスが切り出す。
「あ、そうだな。招待状は高位貴族から順に送っているが……」
カイルが応じると、パーティーの参加者や食事、発表の段取りについて、アルスとララベルとの話し合いが始まった。
王妃カミリアはその間、何も口を開かず、ただ心ここにあらずといった瞳でじっと沈黙を続けていた。