魔力測定
講堂の中央には、魔力測定用の巨大な魔道具が設置されていた。透明な魔法結晶の柱が天井に向かってそびえ立ち、その根元には魔法陣が組まれている。近くには魔法学の教師たちが数名、慎重に魔力の流れを整えている。
測定は入学魔法試験の評価が低かったものから行われていく。
残すは、上位10名が呼ばれるばかりとなった。
「魔術科、ルイス・エントリー、前へ」
教師の声に、背の高い青年が少し緊張した面持ちで進み出る。手を当てた瞬間、結晶がぼんやりと赤みを帯びた。
「火属性、補助に風。魔力量は……910」
ざわ……と、生徒たちの間に小さなどよめきが走る。
「ルイスって入試十位の子だよね?」
「うわ、やっぱすごい……」
数人が感嘆の声を上げる中、測定は次々と進んでいった。
「騎士科、カミル・ハイド、前へ」
「貴族科、ソルト・ジェム、前へ」
測定器は、様々な色に反応を見せた。
いずれも高い魔力を示し、今年の新入生のレベルの高さにうなる教師もいた。
そして──
「魔術科、レオン・エルヴィス・レガリア殿下。お進みください」
その瞬間、会場がざわめいた。
レオンが測定器へと歩いていく途中、講堂の後方では、生徒たちのささやきが聞こえていた。
「殿下が魔術科だなんて……!前例あったかしら?」
「ないな。王族は騎士科か貴族科が通例だ。魔術は専門職が担うもので、王族が学ぶことは少ない」
「それが今回殿下は、“魔術こそ国を治める上で最も基盤となる学問だ”と仰ったそうだよ」
「えっ、それって──」
――レオンが学園の入学希望を出したのは半年前。
その3日前、クラリスが伝えた情報の中に、ミレイアがレガリア魔導学園の魔術科に願書を提出したようだというものがあった。
その情報が動機になったのか……
真実はレオンの心の中だけにある。
堂々とした足取りで講堂の中央へ立ったレオンは、無言で測定器に手を当てた。
──バチッ!
鋭い音とともに、魔法結晶の柱が黄金色に輝き、雷が走ったかのような衝撃波が一瞬講堂を駆け抜けた。
「属性:炎、水、氷、風……複合高位属性。魔力量:6,480」
記録を読み上げた魔法学の教師が、言葉を失ったように一歩下がる。
「まだ16歳のはずだが……」
「魔塔の術者の中でも上位に入る魔力量だぞ……」
「さすがは王家の血筋……」
ざわつく教師たちをよそに、表情の変わらないまま、レオンは静かに手を離し、元の席へと戻る。
ロイがひそひそと笑いながらささやく。
「さすがだな、殿下。直前まで騎士科志望だったとは思えないよ」
レオンは応えず、視線を前に向けたままだ。
その先には──
「魔術科、ミレイア・ノクシア、前へ」
講堂に、再び緊張が走る。
ミレイアは深呼吸して、静かに測定器の前に立つ。講堂の端からはレオンが、クラリスとロイに挟まれてじっと見つめていた。
「ミレイア・ノクシア嬢の検査は、特別措置となります。魔力の種類が多岐にわたり、通常の測定魔法では対応できないため、特別に魔塔の魔術師が補助をします」
教師の説明に、生徒たちがざわめいた。
その瞬間、測定器の向こう側から現れたのは、アゼルだった。静かで知的な雰囲気をまとい、淡い銀灰色の髪を持つ青年。
すっとミレイアの横に立つと、何の迷いもなく彼女の手を取った。
「触れないと検査できないのだから、仕方ないよね」
耳元でささやくアゼルの声に、ミレイアの胸が高鳴る。手のひらから伝わる魔力の共鳴に、ほんの少し浮き上がるような感覚。アゼルは彼女の腰に手を添え、もう一方の手で魔道具に触れるよう優しく導いた。
「落ち着いて。僕が制御しているから、大丈夫だよ。いつもみたいに、力を流して」
魔力が流れ出した瞬間、結晶柱が眩い七色の光を放ち、測定用の魔法陣が一斉に反応する。
「炎、水、風、土、雷、氷、光、闇……すべての属性反応あり。…さらに精霊魔力、召喚系の反応も……!? そんな…!」
測定を担当する教師が、表示板を見て目を疑う。
「魔力量、測定限界値を超過しました。測定不能。記録不能。…これ、本当に…?」
「まるで……魔力の化身ね」
教師の一人がぽつりとつぶやいた。
静まり返る講堂。唖然とする生徒たち。ミレイアの制服の裾がふわりと風に揺れたのは、彼女自身の魔力による無意識の現象だった。
「もういい。十分だ。彼女をこれ以上さらす必要はない」
アゼルが手を離し、そっとミレイアを自分の胸元に引き寄せるようにして支えた。
講堂の片隅。レオンは、拳を握りしめていた。
──なんで、あんなに…近いんだ
ミレイアがアゼルを見上げ、恥じらうように目を伏せている。その表情が、レオンの胸にズシリと重くのしかかる。
「殿下、落ち着いてください」
クラリスが小声でささやき、ロイが肩をたたく。
「わかりやすく不機嫌だな、レオン」