翌朝の抱擁
ミレイアが目を覚ましたのは、次の日の朝だった。
窓から射し込む柔らかな光がレースのカーテン越しに揺れ、部屋の中を淡く照らしている。心地よい眠気の中でまぶたを開けると、すぐ傍にノエルの姿があった。
「お嬢様、おはようございます。よく眠れましたか?」
安堵の笑みを浮かべるノエルの声が優しく響く。
「うん、わたし……ああ、そうか。アゼルに運んでもらったのね」
ぼんやりとした頭を振り、昨日の出来事を思い出したミレイアは、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ねえ、ノエル……。昨日は勝手に外に出ちゃってごめんなさい。どうしても急いで行かないといけなかったの」
ノエルは深いため息をついた。
「理由は聞きました。アゼル様のお母様の命を救うためだったのでしょう?……お嬢様が他人を放っておけないことは、よくわかっています。だからこそ、私にだけは一言伝えてほしかったです」
「……理由を言っても止めなかった?」
ミレイアは、子どもが叱られたあとのように潤んだ瞳でノエルを見上げる。
「はい。理由を言ってもらえれば許しますよ。どうせ止めても無駄でしょうから」
ノエルは少し苦笑して首を振った。
「嘘をつかれるより、ずっといいです」
「……わかった。次からは必ずノエルに伝えるから」
その言葉に、ノエルはほっとしたように静かに頷いた。
「お嬢様、お腹が空いたでしょう?今すぐ用意しますね」
そう言ってノエルが部屋を出て行くと、入れ替わるようにギンがぴょん、とベッドに飛び乗り、ミレイアの膝に収まった。
「ギン!ついてきてくれたのね。モフィたちにはもう会った?ここでやっていけそう?」
「うむ。我はどこにあっても主と共にある。モフィとスインも、幼きながら主を思う気持ちは強い。我を歓迎してくれているようだ」
「それはよかった」
ミレイアは頬をすり寄せるようにギンを抱きしめた。
ギンは照れたように前足で押し返すと、ベッドの下に鼻を突っ込み、何かを咥えて戻ってくる。
「これをアゼル殿から預かった」
「……人探索魔道具ね。あれ?これは……」
魔道具の上には、丁寧に畳まれた男物のハンカチが置かれていた。
「アゼル殿が、上着の代わりにと」
「なるほど」
ミレイアは小さく微笑んだ。
――つまり、必要な時には自分を探していいという、アゼルなりのメッセージなのだろう。
彼女は魔道具とハンカチをそっとドレッサーの引き出しにしまった。
そこへノエルが温かな香りを漂わせながら食事を運んできた。普段より少し豪華な朝食で、自分の分も一緒に用意してある。
その朝は、ノエルとギン、そしてモフィとスインと一緒にテーブルを囲んだ。
「ギンもご飯は食べる?」
ミレイアが魔力を練り、金平糖のようにきらめく粒を手のひらに多めに生み出す。
匂いを嗅いだギンは、目を輝かせてパクパク食べ始めた。
「うまーい!」
「これ大好き〜!」
モフィとスインが一粒ごとに感想を言い合う隣で、ギンは「絶品だ!力が沸いてくる!」と夢中になり、あっという間に平らげてしまった。
朝の支度を終えた頃、部屋のドアがノックされた。
「ソフィアが呼びに来たのね」
そう言いながら通学鞄を持って扉を開くと、そこに立っていたのはソフィアではなく――レオンだった。
驚くミレイアを見た瞬間、レオンは言葉より先に強く抱きしめた。
「レオン……!?」
「良かった……元気そうで。ずっと君に触れたかったんだ。今日は俺と登校しよう」
「うん。心配してくれていたのね。でも、ソフィアが呼びに来るかも」
「ソフィアなら先に行ってもらったよ。今の俺はミレイア不足なんだ。……放課後は、王族寮に来てくれる?」
「うーん……でも今日から確認テストでしょ。邪魔しちゃ悪いから終わるまで遠慮しておくわ」
「邪魔なわけ……いや、俺が邪魔をする可能性はあるか」
レオンは真剣な顔で考え込み、それから視線を合わせる。
「じゃあ……来週末、テストが終わったら泊まりに来てくれる?」
ミレイアは思わずノエルを振り返った。
「わたしは行きたいけど……ノエル、いい?」
「ダメです!」
ノエルの声が鋭く響く。
「えー、さっき理由を言えば許してくれるって言ったよね?」
「それは時と場合によります!」
ノエルはきっぱりと言い切る。二人はしゅんと肩を落とした。
しかしノエルは少し表情を和らげて続けた。
「でも、先日みたいにクラリスさんも交えて夕食を取るぐらいなら構いませんよ。……それに、冬季休暇で殿下がノクシアにいらした時は、奥様から客室を用意するように言われています」
「……!泊めてもらえるってことか。それなら、できるだけ早くノクシアに行って長く一緒に過ごせるように、執務を調整しないと!」
目を輝かせるレオンの様子は、まるでギンが魔力の粒を食べた時のようで、ミレイアは思わず吹き出した。
「コホン。もちろん部屋は別々ですからね」
ノエルが念を押すように咳払いする。
「……テストが終わるまでは、登下校とランチの時間だけで我慢してみせるよ」
レオンはそう言うと自然にミレイアの手を取った。
廊下に差し込む朝日を浴びながら、二人は寄り添うように歩き出した。