通訳
ミレイアが気持ちよさそうに寝息を立てている横で、ノエル、クラリス、レオン、そして新しく加わった聖獣のギンがテーブルを囲んでいる。
「我の聞いたところによれば、主はアゼル殿の母、マーサ殿を探すために森へ転移したのだ」
「……お嬢様が、アゼル様のお母様を探すために森へ……へぇ」
ギンの言葉を理解できるノエルが、レオンとクラリスに向けて通訳をしていた。
「それで……病気で死にかけていたマーサさんを、お嬢様が治癒魔法で完治させた……って、うわぁ」
レオンとクラリスには、ギンの低い声はただの唸り声にしか聞こえない。その分、ノエルの説明を真剣に聞き入っていた。
「さらに……、ギンが闇に呑まれて暴走していたところを、お嬢様が浄化して助けてくれた……って、本当に!?」
ギンは遠い目をして当時を振り返るように語る。
「我は闇魔法の黒霧に覆われ、自我を失いかけていた。聖獣使いのイリウス殿と、その契約聖獣ユウに攻撃を加え、イリウス殿の肩を傷つけてしまったのだ。そこへ元聖女ユキア殿が現れて治癒を試みていたのだが、我は更に暴れ……。その時、類まれなる魔力で我を止めたのが主だった」
ノエルは通訳を忘れ、目を丸くして聞き入っていた。
「……今、ユキアって言った?それにイリウスって……。もしかして、ギンがいた森って……」
「西の森。聖域と呼ばれる場所だ」
ノエルは大きなため息をつく。
「ノエルさん?ギンは何て言ってるの?」
クラリスに促され、ノエルは慌てて通訳を再開する。
「ええと……どうやらお嬢様は西の森に行っていたみたいです。そこは元聖女ユキアと、聖獣使いイリウスが暮らす場所。……つまり私の祖父母の家。お嬢様にとっては曾祖父母の家です。そこでまた、例の如く大立ち回りをしてきたらしいですよ」
「待って。元聖女がミレイアの親族なのは知ってるけど、ノエルさんの祖父母!?あなたって……」
「え、クラリスさんご存じなかったんですか?殿下はご存知ですよね。私は、アリアの妹……つまり、お嬢様の叔母です」
クラリスは知らなかった事実に、驚きで瞬きを繰り返したが、やがて腑に落ちたように頷いた。
「なるほど。時々ノエルさんに人間離れした雰囲気を感じていたのは、その血筋のせいだったのね。聖獣や精霊の言葉がわかるのも納得だわ」
「それで……ミレイアが倒れたのは、やっぱり魔力切れだったんだな?」
アゼルとミレイアの長い口付けを見て以来、イライラを隠せないレオンがぼそりと呟く。
「そうですね。転移魔法に治癒魔法、浄化魔法……色々使ったようですし。それに、昨日はセドリック様と魔道具を作って徹夜だったみたいです。疲れも溜まっていたんでしょう。……まあ、こっそり出て行ったことは許せませんけど、人助けのためだったとなれば責めづらいですよね」
ノエルが苦笑する。
「アゼルのために無理をしたってわけか。……やっぱり、むかつく」
レオンの声に、クラリスは哀れみを込めて視線を送る。
「殿下……お嬢様が奔放な浮気者で、もう嫌になっちゃいましたか?」
ノエルが心配のあまり、極端な質問をする。
「嫌になんかなるもんか」
レオンは即答し、すやすや眠るミレイアを見た。
「ミレイアがもし俺の他に恋人を百人作ったとしても……俺はミレイアだけを愛し続ける自信がある。……だけど嫉妬はする。誰かに触れられたなら俺は十倍触れたいし……今は早く、アゼルなんかよりもっと深く……一晩中でもキスをしてやりたい」
真剣そのものの顔で語るレオンに、クラリスとノエルは顔を見合わせ、なんとも言えない沈黙に包まれた。
そんな空気をぶち破ったのは、昼寝から目を覚ましたモフィとスインだった。
「あれー!新しい聖獣がいる!ミレイアと契約したんだ!」
「仲間が増えたの〜!」
二匹は嬉しそうにギンの周りをクルクル回る。
「我はギン。古代より生きる銀狼である。其方らと共に主に仕える。よろしく頼む」
ギンは渋い声で堂々と挨拶する。
「わー!ギンさんかっこいい!銀狼なんてすごいや!ぼくモフィ、よろしくね!」
「ギンさん、わたしスイン。よろしくなの〜」
無邪気にじゃれあう三匹の姿はあまりにも愛らしく、言葉がわからないレオンとクラリスでさえ、思わず頬を緩ませた。