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帰還と波紋

放課後、貴族寮の廊下をクラリスとレオンが足早に歩いていた。

クラリスの手には小さな箱に入ったケーキ。

レオンの腕には、なぜかロイから「持っていけ」と押しつけられた花束が抱えられている。


「さっきノエルさんに連絡したら、ミレイアは昼前に帰ってきて部屋で眠ってるって。そろそろ目を覚ましている頃じゃないかしら」

クラリスが言うと、レオンの足取りは心なしか軽くなる。ミレイアに会えるのが嬉しくて仕方がないようだ。


「クラリスさん!殿下!」


ミレイアの部屋の前に差し掛かった時、廊下の向こうから慌てた様子で駆けてきたのは、ミレイアの侍女ノエルだった。


「あら、ノエルさん。どうかしたの?」

クラリスが問いかけると、ノエルは半泣きの顔で近づいてくる。


「じ、実は……さっきクラリスさんから連絡をいただいた後、様子を見に部屋へ行ったんです。そしたらベッドが空で……。学園内を探したんですけど、どこにも見つからなくて……! もしかしたら攫われたのかもしれない……どうして私、部屋を離れてしまったんだろう……お嬢様にもしものことがあったら……」


取り乱すノエルに、クラリスが落ち着いて声をかける。

「大丈夫。行き違いになっているのかもしれないわ。とりあえず部屋を確認しましょう。ミレイアのことだから、自分の意思で転移魔法で出かけた可能性もあるし……」


「ミレイア……どうか無事でいてくれ……!」

レオンは祈るように呟いた。花束を強く握り締め、バラの花びらが数枚、ひらひらと床に落ちた。


三人でミレイアの部屋の扉を開ける。ベッドには寝ていた痕跡が残っているが、人の気配はない。


「やっぱり……」

ノエルが再び泣き出しそうになったその瞬間、部屋の中央に光が走った。


現れたのは、ミレイアを抱きかかえたアゼルだった。


アゼルは三人の存在に気づきながらも、見て見ぬふりをして、ベッドにミレイアをそっと横たえる。

そして――何食わぬ表情で彼女の唇へ自らの唇を重ねた。


意識のないミレイアの身体へ、アゼルの魔力がドクドクと流れ込んでいく。


「……は!?」

異常な光景に気づいたレオンが襟を掴もうと飛びかかった瞬間、アゼルは後ろ手に防御魔法を張り、レオンを弾き飛ばした。


やがてミレイアの顔色が改善したのを確かめると、アゼルはようやく唇を離した。


「おい! やめろ! お前何してんだ!!」

尻もちをついたレオンが拳を握り締めながら叫ぶ。


アゼルは観念したように両手を挙げ、ゆっくりと三人の方へ向き直った。


「勘違いしないでくれ。これは治療だ。魔力を注ぎ込むには、これが一番効率がいいんだ。……まあ、下心がまったく無いとは言わないけどね」

口角を上げながら、床に転移魔法陣を展開し始める。


「待って! ミレイアに一体何があったの!?」

クラリスが手を伸ばして叫ぶ。


「悪いけど、ここに長居する気は無いんだ。――そこの聖獣にでも聞いてくれ」

そう言い残し、アゼルは光の中に姿を消した。


呆然とする三人の耳に、かすかな鳴き声が届く。

ノエルの足元に、銀色の子犬のような生き物が、ちょこんと座っていた。


「えっ……いつの間に……?」

ノエルが驚くと、小犬は堂々と口を開いた。


「我は銀狼。古代より生きる聖獣である。ギンという名を与えられ、主と契約を交わした。今は仮の姿をとっている」


威厳を込めた低い声に反し、つぶらな瞳はきらきらと輝き、シッポは元気よく左右に揺れている。


「か、か、可愛い!!」

ノエルが思わず抱き上げると、ギンはますます嬉しそうにシッポを振った。

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