美しい精霊
ミレイアはイリウスと並んで歩き、精霊たちの声に導かれながら先を進むユキアの背中を追っていた。
その後ろからは、小さな姿になったギンと、イタチ型の聖獣ユウが小走りでついてきている。
「ミレイアには衝撃を受けたよ。魔法を無詠唱で同時に発動させるだけでも驚きなのに……古代聖獣まで手懐けるとは。まるで夢を見ているようじゃ」
「大おじいさまは聖獣使いなんですよね。わたし、すごく興味があります! もっとお話を聞かせてもらえませんか」
「もちろんじゃ」
イリウスは目を細め、嬉しそうに語り始めた。
聖獣の習性、森に生きる生物のこと、そして自分がここへ至った経緯まで。
ミレイアは熱心に耳を傾け、時折うなずきながら、尊敬の眼差しを向ける。
そんな中、ユウがふと後ろを振り返り、ギンに声をかけた。
「ギンさん。さっきから、誰かがついてきている気がします」
「……ああ。精霊の気配がするな」
ギンの言葉に、ミレイアとイリウスも立ち止まって振り返る。
「どうしたの?」とミレイアが問いかけると、ギンは鋭い視線を茂みの奥へと向けた。
そこに現れたのは――水色の髪が陽光に輝き、透き通るような肌を持つ青年。彫りの深い顔立ちに、薄衣の下からのぞく鍛え上げられた体は、まるで彫像のように美しかった。
「あなたは……?」
ミレイアは思わず一歩前に出て、その顔を見上げる。
「はじめまして、ミレイア。さっきの一部始終を見ていたよ」
低く甘い声が降ってきた。
「君ほど美しい女性を見たのは初めてだ。どうか俺と一緒になってほしい」
「えっ!?」
いきなりの求婚にミレイアは固まり、目を瞬かせる。
次の瞬間、ユキアが後ろから素早く回り込み、彼の足を蹴り飛ばした。
「アレク!またお前か。性懲りもなく現れおって。アリアだけじゃなくミレイアまで口説くとは……精霊の風上にも置けん!」
「あなた……精霊なの?」
戸惑うミレイアに、青年は軽やかに笑って答えた。
「俺の名はアレク。水の精霊だよ。人間にしか見えないだろう? よく言われるんだ」
イリウスが険しい顔で口を挟む。
「ミレイア、騙されてはならん。こやつは人間もどきの精霊じゃ。二百年以上は生きておる。アリアが長く付きまとわれて大変だったんじゃよ」
「年寄りみたいな言い方をするなよ」
アレクは肩をすくめ、軽口を叩く。
「精霊は千年生きる。二百年なんて人間で言えばまだ青年期。ミレイアと変わらないくらいさ」
そうして余裕の笑みを浮かべる。
「まあ、しつこく付きまとうつもりはない。嫌われたら困るしね。でも……アピールはさせてもらう。君を気に入ってしまったからね」
言うが早いか、彼はミレイアに向かってウインクをし、軽く手を振る。
そして光の粒子に溶けるように、その姿を消した。
「……厄介なのに好かれてしまったね」
ユキアがため息をつき、ミレイアの肩に手を置いた。
「そのうちまた会いに来るかもしれない。相手にせず、軽く追い返してしまえばいいから」
「でも、アレクって名前があるなら……誰かと契約してるんじゃないんですか?」
「いや、アイツは変わり者でね。名前は自分で付けたんだ。昔世話になった人間の名を勝手にもらったらしい」
「そうなんですね……。きれいな精霊だったなぁ」
思わずうっとりと呟くミレイアを、イリウスとユキア、そしてギンとユウは、揃って心配そうに見つめていた。