古代聖獣
銀狼は、伏せているにもかかわらず、立っているミレイアと同じ高さに目線があるほど巨大だった。
その眼差しは、近づいてくるミレイアたちを静かに追っている。
「ごめんね。さっきはたくさん攻撃して……大丈夫だった?」
ミレイアは臆することなく駆け寄り、気軽に声をかけた。
銀狼はわずかに目を細め、頭を地面にこすりつけるように下げると、重みのある声を響かせた。
「……我は闇に飲まれていたようだ。浄化して頂き、助かった。感謝する」
「やっぱり、あなたは優しい聖獣なのね。元に戻ってくれてよかったわ」
ミレイアが手を伸ばし、銀狼の大きな頭を撫でる。
その瞬間、銀狼は驚いたように目を見開き、じっとミレイアを見つめ返した。
「じゃあ、わたしはもう行くわね」
ミレイアが向きを変えて歩き出そうとしたとき——。
スカートの裾を、銀狼が優しく噛み、引き留めた。
不思議そうに見つめ合うミレイアと銀狼。その間に入ったのはイリウスだった。
「ミレイア、この古代聖獣は……君との契約を望んでいるように見えるぞ。そうじゃないか?」
銀狼は小さく息を吐き、しばし考え込んだ。
「……我は……契約をしたいのか? ああ、そうか……そうかもしれん」
ゆっくりと頷き、言葉を続ける。
「我の主になって頂けないだろうか」
大きな鼻面をミレイアの頬にすり寄せると、彼女はくすぐったそうに笑みを浮かべた。
「わたしでよければ、喜んで」
銀狼の瞳に光が宿る。
「名を……もらえるだろうか」
「あ、そうだったわね。契約の儀式には名前が必要なのよね。あなたは……銀色の毛並みがとても美しいから……”ギン”。どうかしら? 安直すぎる?」
「……いや。ギン……我はその名、気に入った!」
次の瞬間、銀狼の体がまばゆい光に包まれ、その姿はかき消える。
次に姿を現したときには、子犬ほどの大きさになっていた。
「えっ!? 小さくなれるの?」
「うむ。本来は先ほどの姿だが……主と共に行動するなら、この方が都合がよい」
小さな体で胸を張る銀狼——いや、ギンに、ミレイアは思わず笑みをこぼし、抱き上げた。
その時、イリウスが声をかけてくる。
「契約の印を……見せてもらえないか?」
返事を待たず、彼はミレイアの袖をまくり上げた。
「ちょ、ちょっと!」
慌てるミレイアだったが、自分の腕に刻まれた新しい印を見て息をのむ。
モフィとスインの契約を示す二つの金色の印の下に、銀色の複雑な紋様が輝いていたのだ。
「わあ……きれい。金色じゃないんだ」
イリウスの目が鋭く光る。
「やはりそうか。古代聖獣の契約印は特殊だと、文献に記されていたからな」
聖獣使いの彼は興味津々で、腕をあらゆる角度から眺め回す。
「ちょっと……そんなに見られると恥ずかしいよ」
ミレイアは頬を赤らめ、ギンを地面に下ろすと慌てて袖を戻した。
ユキアが咳払いをして声をかける。
「さあ、小屋に戻りましょう。マーサたちも待っているし、一緒にお茶でも飲みましょう」
ミレイアとイリウスは顔を見合わせ、頷いた。
小さな銀狼を連れて、彼らは静かに歩き出した。