森の衝撃
ミレイアは曽祖母ユキアの後ろに並び、深い森の中を歩いていた。
高くそびえる木々は空を覆い、昼間だというのに薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。
「目印も何もないのに、迷わないんですか?」
同じような景色が続く中、ミレイアは不思議そうに尋ねた。
ユキアはくすりと笑い、振り返る。
「何を言ってるんだい。ミレイアにも聞こえているだろう? 精霊たちの声が」
「あ、ほんとね……」
耳を澄ました瞬間、サワサワと木々を揺らす風の音に混ざって、囁きのような声が流れ込んできた。
ーーイリウスはこの先よ。
ーーまっすぐ進んで。
よく見ると、木漏れ日の中で小さな精霊たちが葉影から姿を覗かせていた。
その愛らしい声に耳を傾けていたとき、不意に雰囲気が変わる。
ーー危険! イリウスが危ない!
ーー怖い、逃げなくちゃ!
「え?」
ミレイアは立ち止まった。
その直後、森を震わせるような男性の叫び声が響く。
「イリウスの声だわ!」
ユキアの表情が一気に険しくなる。
走り出す二人の視線の先で、一本、また一本と高木が轟音を立てて倒れていった。
現れたのは、銀色の毛並を逆立たせた巨大な狼。
青黒い風が体を渦巻くその姿は、闇に覆われた山のようで、ミレイアは息を呑んだ。
「あれは……古代聖獣の銀狼? 凶暴化している!」
ユキアの声は焦りに震えていた。
「ユキア!?ここは危ない。近づくでない!!」
銀狼に対峙する年配の男性が、大きな声で制止した。自身は防御の結界を張り、側についているイタチ型の聖獣が必死に風魔法で応戦している。
しかし、銀狼の放つ闇の力は強すぎた。
青黒い風が鋭い刃となって枝葉を切り裂き、結界を削り取っていく。
防御が揺らいだ一瞬、男性の肩に鋭い一撃が掠め、血が飛び散った。
「イリウス!」
ユキアが叫び、危険も顧みず駆け寄って治癒の光を放つ。
その瞬間、さらなる攻撃が迫る。
ミレイアは迷わず飛び出した。
「止まって!」
風魔法で渦巻く闇を払い、土魔法で傾いた木を支え、そして——
眩い光を何度も繰り出し、銀狼の巨体へと叩き込んだ。
「ぐぁぁぁあ!!」
森を震わせる咆哮とともに、銀狼はついに力尽きたように伏せる。
まとっていた闇の風は霧散し、逆立っていた毛並みが静かに落ち着いていく。
一瞬の出来事だった。
治癒を終えたユキアが、驚愕の眼差しでミレイアを見つめている。
ミレイアは気づくとすぐ二人に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
血に濡れた肩を押さえていた男性は、唇を震わせ、しばらく言葉が出てこない。
やがてユキアに背をさすられ、ようやく掠れた声を絞り出した。
「君は……一体……? アリアなのか?」
「いいえ。わたしはアリアの娘、ミレイアです」
「……ああ、そうか……君が噂の……。アリアに本当に良く似ている」
男性の瞳に光が戻り、深い皺の中に柔らかな笑みが広がる。
「わしはイリウス。君の曽祖父じゃよ」
足元に寄り添っていたイタチ型の聖獣が、主人の腕に飛び乗る。
「この子は、わしと契約している召喚獣のユウじゃ」
「はじめまして、ユウです。君はすごく強いね!僕たちを助けてくれてありがとう!」
イタチの姿をした召喚獣は、するりとイリウスの腕から降り、丁寧に頭を下げた。
ミレイアは微笑みを浮かべ、しゃがみ込む。
「どういたしまして。あなたも勇敢だったわ。大おじいさまをよく守ったね」
褒められたユウはしっぽで顔を隠し、恥ずかしそうに身をよじった。
その様子にミレイアの頬も自然と綻ぶ。
だが次の瞬間——
「ウォオオーン……」
森を震わせる悲しげな遠吠えが響いた。
振り向くとそこには、さきほどまで暴れ狂っていた銀狼がいた。
今は大きな体を丸め、切なげな瞳でこちらをじっと見つめている。
「あ……すっかり忘れてた」
ミレイアは慌てて駆け出し、ユキアとイリウスもその背を追った。