森の小屋
ミレイアとアゼルが転移した先は、背の高い木々に囲まれた森の中。
魔道具が出す光線に従って歩き、辿り着いたのは木々の葉と同じ緑色の小屋だった。
「ここにマーサさんが?セラフィス神官長も……」
ミレイアの鼓動が早くなる。
ノックをしようとした時、中からスマートな白髪の女性が出てきた。
「ようこそ、待っていたよ」
彼女は穏やかに微笑む。
「え……待っていた?」
ミレイアが戸惑いの声を出すと、女性は頷いた。
「私には離れた場所を透視する力があってね。あなたがここへ来るのが見えていたの」
その言葉にミレイアの胸が高鳴る。顔立ち、雰囲気、そして濃紺の瞳──。
「もしかして……あなたは……」
「私は、元聖女のユキア。アリアの母の母です」
ミレイアは息をのむ。曽祖母との対面だと気づく。
「大おばあさま?」
部屋の奥では、マーサが布団の上に上体を起こしていた。顔色はまだ薄いが、目に力が宿っている。
「マーサ!」
アゼルが駆け寄る。
曽祖母ユキアは説明した。
「セラフィスが連れてきたんだ。マーサは来る途中に意識を失ってしまっていた。私が治癒魔法をかけて、何とか命は繋ぎ止めたよ」
マーサは静かに頷いた。
アゼルはずっと抱えていた問いをぶつける。
「マーサ……僕の父親はセラフィス神官長なのか」
その名を口にした瞬間、部屋の空気が重くなる。
マーサはかぶりを振った。
「違うわ」
アゼルは目を見開く。
マーサは唇を震わせながら言葉を続けた。
「神官長は、唯一あなたの出生の秘密を知っていた人。今まで私を何度も助けてくれたわ。あなたの父親は……精神魔法を操る恐ろしい人物……。私は今まで会わないようにずっと避け続けてきた……」
マーサは小さく首を振り、苦しげに言葉を落とした。
「……ごめんね。私は弱い……怖くて、真実を伝えることができない」
その言葉にアゼルの胸が締め付けられる。
真実を――どうしても知りたい。
彼女が口を閉ざすなら、自分の魔法で無理やり……。
アゼルの心に、一瞬だけ黒い衝動が芽生える。
──精神魔法で無理やり真実を吐かせることもできる。
だが、その考えを持った自分に気づいた瞬間、全身が震えた。
アゼルは自分の考えを打ち消すように口を開いた。
「セラフィス神官長は今はどこに……?なぜマーサをここに連れてきた?」
「私に危険が迫っていることを知って、ここに連れてきてくれたの。今どこにいるのかは……」
ユキアが口を挟む。
「セラフィスは逃げたよ。行き先はわからない。彼は精神魔法によって長年に渡って洗脳され、操られていた。そして、それに気付いていた。意識が朦朧として言いたくないことを口走ったり、人に犯罪を促すこともあったらしい。時に正気を取り戻しては自責に苛まれ、必死で抗おうとしていた。だけど、正気でいられる時間が日に日に短くなっていた。ここに来る間も、意識が持っていかれそうになるのを必死で堪えていたようだ。意識を取り返すために自分でつけた真新しい傷が、腕にたくさん刻まれていたよ。……彼はマーサを守るために、姿を消したんだ」
アゼルの胸に混乱と苦しみが渦巻く。
「操られていた……あの人が……」
「大おばあさまは、真実を知っているの?」
ミレイアは、ユキアに問いかける。
「そうだよ。自分の子孫に関わることは、いつもここから見ていたからね。だけど今、私の口からは話せないよ。アリアがそれを望んでいないんだ」
ユキアの言葉に、ミレイアは目を瞬かせる。
「いずれ、嫌でも知ることになる。その時には、私も出来る限り力になるつもりだよ」
語らない意志がはっきり見えるユキアに、ミレイアはそれ以上、父母を死に追いやったアゼルの父親について、問いかけることは出来なかった。