南部地区の神殿
南部地区の神殿は、王都神殿よりも歴史を感じさせる古びた佇まいをしていた。
転移の光を抜けたミレイアは、静かな聖堂の中でキョロキョロと周囲を見回す。
祭壇の前に、神官服を着た小柄な男性と並んで祈りを捧げるアゼルの後ろ姿が見えた。
「アゼル……」
声をかけようか迷っていると、アゼルが振り向き、大きく目を見開いた。
「ミレイア? なぜここに……?」
隣の小柄な男性もこちらを向く。前から見ると、思っていたより年を重ねた初老の神官だった。彼は不思議そうにアゼルへ問いかける。
「その方は……お知り合いか? いつの間に入って来られた?」
「わたしは……」
言い淀むミレイアの肩に、アゼルがそっと手を置いた。
「すみません。彼女は僕の大切な人です。前で待つように言ったんですが、どうやらこっそりついてきてしまったようで」
「……そうか。今日は役に立てなくてすまなかったな。では私はこれで失礼する」
「お時間をいただき、ありがとうございました」
アゼルが頭を下げる。隣でミレイアも慌てて一緒に頭を下げた。
二人きりになった聖堂で、アゼルはミレイアを見つめる。
「それで、どうしてここに?」
ハッとしたミレイアは、とっさに持っていた上着を差し出した。
「これを、返すわ」
「ん? でも……ミレイアには僕がどこに行くのか、話してなかったよね。それに今は授業の時間じゃ……」
怪訝そうに眉を寄せながらも、アゼルは上着を受け取る。
「実はね……。マーサさんを探せるかもしれないの」
「……え? どういうこと?」
ミレイアは、人を探索できる魔道具を作ったこと、そしてその魔道具を使ってここまで来たことを簡単に説明した。
アゼルはしばし呆然と口を開けていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……君がここまでしてくれるなんて驚いたよ。僕は、セラフィス神官長が行きそうな場所を巡っていたんだ。さっき会った方は南部神殿の神官長、ワキムさん。見習いの頃からの仲間らしいから、手掛かりを期待したけど……結局、成果はなかった。はっきり言って手詰まりだったんだ。だから、君の魔道具はありがたい。ぜひ試させてほしい」
「もちろん!」
ミレイアは魔道具を取り出し、両手で抱えるようにしてアゼルに示す。
「マーサさんの魔力が残っているものって、何か持ってる?ここの読み取り口に差し込むと発動するの」
アゼルはポケットからこの前来た時に見せてもらったマーサからの手紙を取り出した。
「これで大丈夫そう?」
「うん」
アゼルが手紙をそっと差し込むと、魔道具の上に淡い光が現れ、王国の地図が現れた。かなり範囲が広いようだ。
赤い点が示したのはーー西の国境近くにある森の中だった。
「神殿ではなさそうだな」
アゼルが地図を覗き込む。
「とにかく、行ってみましょう」
ミレイアは、魔道具を抱えると、アゼルに身を寄せて転移魔法を発動した。